何の障《さは》りにもなるまじけれど、その芥《あくた》ある処に集り、穢物《ゑぶつ》あるところに群がるの性あるを見ては、人間の往々之に類するもの多きを想ひ至りて聊《いさゝ》か心《むね》悪くなりたれば、物を抛《な》ぐる真似しけるに、忽《たちま》ちに飛去りぬ。飛去る時かあ、かあ、と鳴く声は我が局量を嘲る者の如し。実に皮肉家と云ふもの、文界のみにはあらざりけり。
第七
夜更けて枕の未だ安まらぬ時|蟋蟀《きりぎりす》の声を聞くは、真《まこと》の秋の情《こゝろ》なりけむ。その声を聞く時に、希望もなく、失望もなく、恐怖もなく、欣楽《きんらく》もなし。世の心全く失せて、秋のみ胸に充つるなり。松虫鈴虫のみ秋を語るにあらず。古書古文のみ物の理を我に教ふるにあらず。一蟋蟀の為に我は眠を惜まれて、物思ひなき心に思《おもひ》を宿しけり。
第八
芭蕉の葉色、秋風を笑ひて籬《まがき》を蓋《おほ》へる微かなる住家《すみか》より、ゆかしき音《ね》の洩れきこゆるに、仇心浮きて其《そ》が中《なか》を覗《うかゞ》ひ見れば、年老いたる盲女の琵琶を弾ずる面影|凛乎《りんこ》として、俗世の物ならず。そ
前へ
次へ
全7ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング