日、思へらく此秋こそは爰《こゝ》に来りて、よろづの秋の悲しきを味ひ得んと。図らざりき身事忙促として、空しく中秋の好時節を紅塵万丈の裡《うち》に過さんとは。然《しか》れども秋は鎌倉に限るにあらず、人間到るところに詩界の秋あり。欺き易き希望を駕御《がぎよ》するの道は、斯《こゝ》にこそあれ。

     第三

 我庵《わがいほ》も亦《ま》た秋の光景《けしき》には洩《もれ》ざりける。咽《のど》なきやぶるばかりのひよどりの声々、高き梢に聞ゆるに、※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]を開きてそこかこゝかとうち見れば、そこにもあらず、こゝにもあらず、※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]を閉ぢて書を披《ひら》けば一層高く聞ゆめり。鳥の声ぞと聞けば鳥の声なり、秋の声ぞと聞けば、おもしろさ読書の類《たぐひ》にあらず。

     第四

 病みて他郷にある人の身の上を気遣ふは、人も我もかはらじ、左《さ》れど我は常に健全《すこやか》なる人のたま/\床に臥すを祝せんとはするなり。病なき人の道に入ることの難《かた》きは、富めるものゝ道に入り難きに比《ひと》しからむ。世には躰《たい》健《すこや》かな
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