》せむ。手を伸べて燈を揺《か》き消せば、今までは松の軒に佇《たゝず》み居たる小鬼大鬼共哄々と笑ひ興じて、わが広間を填《うづ》むる迄に入り来れり。而してわれは一々彼等を迎接せざりしかども、半醒半睡の間に彼儕《かれら》の相貌の梗概を認識せり。
 小鬼大鬼われを囲めり。然れども彼等は悉《こと/″\》く暴戻《ばうれい》悪逆なる者のみにあらず。悉く兇横なる暴威を逞《たくまし》うする者のみならず。中にはわが枕頭に来つて幼稚なる遊戯をなしつ禧笑《きせう》する者もあるなり。何となく心重くなりたれば夜具の袖を挙げて一たび払ふに、大鬼小鬼其影を留めず消え失せぬ。少時《せうじ》にして喧笑放語|傍若無人《ばうじやくぶじん》なる事、前の如し。余りにうるさくなりたれば枕を蹴つて立上り、一隅の円柱に倚《よ》つて無言するに、大小の鬼儕《おにら》再び来らず。静かに思へば、鬼の形しけるは我身を纏ふ百八煩悩の現躰なりける。
 静坐|稍《やゝ》久し、無言の妙漸く熟す。暗寂の好味|将《まさ》に佳境に進まんとする時、破笠弊衣の一|老叟《らうそう》わが前に顕はれぬ。われ依《な》ほ無言なり。彼も唇を結びて物言はず。
 彼は無言にして
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