かききり》たる時に、一朶《いちだ》の白気閃めき出で、空に舞ひ上りたる八珠「粲然《さんぜん》として光明《ひかり》をはな」つに及びて、「歓《よろこば》しやわが腹に。物がましきはなかりけり。神の結びし腹帯も。疑ひも稍《やゝ》解《とけ》たれば。心にかゝる雲もなし。」云々《しか/″\》と云ふに至りては、明らかに因果の結局をあらはして、八房と伏姫との関係を閉ぢたり。
 要するに伏姫は因果の運命にその生涯を献じたる者なり。因果は万人に纏ひて悲苦を与ふるものなるに、万人は其|繩羅《じようら》を脱すること能はずして、生死の巷に彷徨《はうくわう》す、伏姫は自ら進んでこの大運命に一身を諾《ゆだ》ねたるものなり。義[#「義」に白丸傍点]は彼をこの大運命の囚獄に連れ行きたる囚吏なり、宿因は八房に代表せられて、彼を破滅に導きたるなり。破滅は又た幸福を里見の家に臨《きた》らせたるなり。凡《すべ》て是等の錯綜せる哲理の外に、晃々としてこの大作を輝かすものこそあれ。そを何ぞと曰ふに、伏姫の純潔なり。始めより終りまでの純潔なり。その純潔の誠実は通じて非類の八房を成仏せしめしは、尊ふとしと言ふも愚ろかなり。

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