更に又た、
「やよ八房。わがいふ事をよく聞けかし。よに幸《さち》なきもの二ツあり。又幸あるものふたつあり。則《すなはち》吾儕《わなみ》と汝《なんぢ》なり。己れは国主の息女《むすめ》なれども。義を重しとするゆゑに。畜生に伴《ともなは》る。これこの身の不幸なり。しかれども穢《けが》し犯されず。ゆくりなくも世を遯《のが》れて。自得の門に三宝の引接《いんぜう》を希《こひねが》ひしかば。遂に念願成就して。けふ往生の素懐を遂《とげ》なん。…………又《また》只《たゞ》汝は畜生なれども。国に大功あるをもて。軈《やが》て国主の息女《むすめ》を獲たり。人畜《にんちく》の道|異《こと》にして。その欲を得遂げざれども。耳に妙法の尊《たと》きを聴《きゝ》て。…………おなじ流に身を投《なげ》て。共に彼岸《かのきし》に到れかし。」
といふに到ては、平等無差別、遙かに人間を離れて菩薩の心備はれり。誠心は隠すところなく八房に与へたり、而して不穢不犯、玲瓏《れいろう》たるチヤスチチイの処女、禍福の外に卓立し、運命の鉄柵を物ともせざるは、実《げ》にこの馬琴の想児なり。
 最後に護身刀《まもりがたな》を引抜て真一文字に掻切《
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