山庵雑記
北村透谷

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)寤《さ》むる時

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)如意|却《かへ》つて

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
(例)軽《かろ/″\》しく
−−

     其一

 夢見まほしやと思ふ時、あやにくに夢の無き事あり、夢なかれと思ふ時、うとましき夢のもつれ入ることあり。寤《さ》むる時、亦た斯《かく》の如し、意《おも》はざらんと思ふに意ひ、意はんと思ふに意はず。左《さ》りとて意の如くならぬをば意の如くせまじと思ふにもあらず、静に傾き尽きなんとする月を見れば、よろづ意の儘にならぬものぞなき、徐《おもむ》ろに咲き出《いづ》らん花を待つに、よろづ心に任せぬものぞなき。如意|却《かへ》つて不如意。不如意却つて如意。悲しむも何かせむ。歓ぶも何かせむ。「無心」を傭《やと》ひ来つて、悲みをも、歓びをも、同じ意界に放ちやりてこそ、まことの楽《たのしみ》は来《きた》るなれ。

     其二

 早暁臥床を出でゝ、心は寤寐《ごび》の間に醒め、意《おも》ひは意無意《いむい》の際にある時、一鳥の弄声を聴けば、忽《こつ》として我《わ》れ天涯に遊び、忽として我塵界に落るの感あり。我に返りて後《のち》其声を味へば、凡常の野雀のみ、然るも我が得たる幽趣は地に就《つ》けるものならず。爰に於て私《ひそか》に思ふは、感応は我を主として、他を主とせざるを。

     其三

 人間の心中に大文章あり、筆を把《と》り机に対する時に於てよりも、静黙冥坐する時に於て、燦爛《さんらん》たる光妙ある事多し。心中の文章より心外の文章を綴るは善し、心外の文章を以て心中の文章を装はんとするは、文字の賊なるべし。古《いにし》へより卓犖《たくらく》不覊《ふき》の士、往々にして文章を事とするを喜ばず、文字の賊とならんより心中の文章に甘んじたればならむ。

     其四

 身心を放ちて冥然として天造に任《にん》ぜんか、身心を収めて凝然として寂定《じやくぢやう》に帰せんか、
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング