あるべく、業《わざ》に励むの良工もあるべし、恋のもつれに乱れ髪の少女《をとめ》もあらむ、逆想に凝《こ》りて世を忘れたる小ハムレットもあらむ。
われを見ていづれより来ませしぞと問ひかけたる少年こそは、狂ひて未だ日浅き田里《でんり》の秀才と覚えたり、世間真面目の人、真面目の言を吐かず、却《かへ》つてこの狂秀才の言語、尤も真意を吐露すらし。われは極めて狂人に同情を有するものなり、かつて狂者それがしの枕頭にあること三日、己れも之に感染するばかりになりて堪《た》へがたかりし事ありしが、今も我は狂人と共に長く留まる事能はず。琵琶滝はさすがに霊瀑なり、神々しきこと比類多からず、高巌《かうがん》三面を囲んで昼なほ暗らく、深々《しん/\》として鬼洞に入るの思ひあり、いかなる神人ぞ、この上に盤桓《ばんくわん》してこの琵琶の音《ね》をなすや、こゝに来てこの瀑にうたれて世に立ち帰る人の多きも、理《ことわり》とこそ覚ゆるなれ、われは迷信とのみ言ひて笑ふこと能はず。
こゝを立ち去りてなほ降《くだ》るに、ひぐらしの声涼しく聞えたれば、
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日ぐらしの声の底から岩清水
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