こゝに寝む花の吹雪に埋《うづ》むまで
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なほ名吟の数多くあり、我他日、翁の為に輯集《しふ/\》の労を取らんことを期す。この夜、翁の請に応じて即吟、白扇に題したる我句は、
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越えて来て又|一峰《ひとみね》や月のあと
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 暁天の白むまで眠り得ず、翌朝日|闌《た》けて起き出でたるは、いつの間にか明方の熟睡に入りたりしと覚ゆ。蒼海遂に来らねば、老侠と我と車を双《なら》べて我幻境の門を出づ、この時老婆は呉々も我再遊の前《さき》の如く長からざるべきを請ふに、この秋再びと契りて別れたり。行くところは高雄山。同伴《つれ》はおもしろし、別して月も宵にはあるべし、この夜の清興を思へば、涼風|盈《み》ちて車上にあり。

     (下)

 むかしわれ蒼海と同《とも》に彼幻境に隠れしころ、山に入りて炭焼、薪木樵《たきゞこり》の業《わざ》を助くるをこよなき漫興となせしが、又た或時は彼家《かのいへ》の老婆に破衣《やれぎぬ》を借りて、身をやつしつ炭売車《すみうりぐるま》の後《あと》に尾《つ》きて、この市《まち》に出づるをも楽しみき。
 斯《か
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