峭※[#「山+咢」、98−下−12]《せうがく》を陟《わた》る間にあるなり、栄達は羨《うらや》むべきにあらず、栄達を得るに至るまでの盤紆《はんう》こそ、まことに欽《きん》すべきものなるべし。
頂上にのぼり尽きたるは真午《まひる》の頃かとぞ覚えし、憩所《やすみどころ》の涼台《すゞみだい》を借り得て、老畸人と共に縦《ほしい》まゝに睡魔を飽かせ、山鶯《うぐひす》の声に驚かさるゝまでは天狗と羽《は》を并べて、象外《しやうぐわい》に遊ぶの夢に余念なかりき。
[#ここから3字下げ]
この山に鶯の春いつまでぞ
[#ここで字下げ終わり]
とはわがねぼけながらの句なり。老畸人も亦たむかしの豪遊の夢をや繰り返しけむ、くさめ一つして起き上《あがり》たれば、冷水《ひやみづ》に喉《のんど》を湿《う》るほし、眺めあかぬ玄境にいとま乞して山を降れり。
琵琶滝を過ぎ、かねて聞く狂人の様《さま》を一見し、かつは己れも平生の風狂を療治せばやの願ありければ、折れて其処《そのところ》に下《くだ》るに、聞きしに違はず男女の狂人の態《さま》、見るもなか/\に凄《すご》くあはれなり。そが中《なか》には家を理《り》するの良妻もあるべく、業《わざ》に励むの良工もあるべし、恋のもつれに乱れ髪の少女《をとめ》もあらむ、逆想に凝《こ》りて世を忘れたる小ハムレットもあらむ。
われを見ていづれより来ませしぞと問ひかけたる少年こそは、狂ひて未だ日浅き田里《でんり》の秀才と覚えたり、世間真面目の人、真面目の言を吐かず、却《かへ》つてこの狂秀才の言語、尤も真意を吐露すらし。われは極めて狂人に同情を有するものなり、かつて狂者それがしの枕頭にあること三日、己れも之に感染するばかりになりて堪《た》へがたかりし事ありしが、今も我は狂人と共に長く留まる事能はず。琵琶滝はさすがに霊瀑なり、神々しきこと比類多からず、高巌《かうがん》三面を囲んで昼なほ暗らく、深々《しん/\》として鬼洞に入るの思ひあり、いかなる神人ぞ、この上に盤桓《ばんくわん》してこの琵琶の音《ね》をなすや、こゝに来てこの瀑にうたれて世に立ち帰る人の多きも、理《ことわり》とこそ覚ゆるなれ、われは迷信とのみ言ひて笑ふこと能はず。
こゝを立ち去りてなほ降《くだ》るに、ひぐらしの声涼しく聞えたれば、
[#ここから3字下げ]
日ぐらしの声の底から岩清水
[#ここで字下げ終わり]
この夜は山麓の覊亭に一泊し、あくる朝|連立《つれだつ》て蒼海を其居村に訪ひ、三個《みたり》再び百草園《もぐさゑん》に遊びたることあれど、記行文書きて己れの遊興を得意顔に書き立つること平生好まぬところなれば、こゝにて筆を擱《かく》しぬ。
[#地から2字上げ](明治二十五年八月)
底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房
1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「女學雜誌 三二五號、三二七號」女學雜誌社
1892(明治25)年8月13日、9月10日
入力:kamille
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年10月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全5ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング