し、出《いづ》るに車あり、入るに家あり、衣食亦た自ら適するに足るものあり、旅するに費《ついえ》あり、病むときに医あり、何不自由もなく世を渡り、而して又た日暮れ途《みち》尽《つ》くるに及びては年金なるものありて以て晩年を閑遊するに足る。然るに他の職業にては、辛ふじて自《みづか》ら給するに足るものあるのみ、而して適《たまた》ま病魔に犯さるゝ事あらば、誰ありて之を看護するものもなし。斯の如きものは即ちイスラヱルの子孫が埃及《エジプト》にありてなしたる主に対するつとめなり、この事に就きては吾人之を出埃及記《しゆつエジプトき》に録《しる》さるゝを読めり。彼等は実に奴隷の悲境に沈みて、殆ど堪ふべからざる程の過度の労力を負はせられたるなり。罪の奴隷なるものあり、蓋《けだ》しイスラヱル人の埃及にありて受けたる苦痛に過ぐるものは、この罪の奴隷なるべし、羅馬書《ロマしよ》六章二十三節に曰く、「罪の価は死なり」と。
 イスラヱルの子供等が斯《こ》の悲境に沈淪してありし時、神はモーセを遣はして彼等を囚禁より放ちて、カナンの陸に至らしめたり。これと同じく我等が罪の奴隷となりて悲しむべき境遇に陥る時に、神は其の独
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