と欲す。

     (2)[#「(2)」は縦中横] 今の思想界に於ける創造的勢力

 つら/\今の思想界を見廻せば、創造的勢力は未だ其の弦《つる》を張つて箭《や》を交ふに至らず、却《かへ》つて過去の勢力と、外来の勢力とが、勢を較して、陣前馬|頻《しき》りに嘶《いなゝ》くの声を聞く、戦士の意気甚だ昂揚して、而して民衆は就く所を失へるが如き観なきにあらず。
 見よ、詩歌の思想界を嘲《あざけ》るものは、その余りに狭陋《けふろう》にして硬骨なきを笑ふにあらずや。見よ、政治を談ずるものは、空しく論議的の虚影を追随して停まるところを知らざるにあらずや。見よ、デモクラシーは宿昔《しゆくせき》の長夢を攪破せんとのみ悶《もが》き、アリストクラシーは急潮の進前を妨歇せんとのみ噪《さわ》ぐにあらずや。斯の如き事たる素《もと》より今の思想界の必当の運命たるべしと雖《いへども》、心あるもの陰に前途の濃雲を憂ふるは、又た是非もなき事共かな。今の思想界は実に斯の如し、徒らに人間の手を以て造化の力を奪はんとする勿《なか》れ、進むべき潮水は遠慮なく進むべし、退くべき潮水は顧眄《こべん》なく退くべし、直ちに馳せ、直ちに奔《はし》り、早晩大に相撞着することあるを期すべし、知らずや斯かる撞着の真中より、新たに生気|悖々《ぼつ/\》たる創造的勢力の醸生し来るべき理あるを。

     (3)[#「(3)」は縦中横] 姉と妹

 某の村に某の家あり、三千年の系図ありと誇称す。この家近き頃までは、全村の旧家として勢威|赫々《かく/\》として犯すべからざるものありて存せり。然れども是れ山間の一小村にして、四囲|層巒《そうらん》を以て繞《めぐ》らし、自然に他村と相隔絶したるの致せしのみ。今を距《さ》ること三十年、一度び他村との交通を開きてより、忽《たちま》ち衰廃して前日の強盛は夢の如く、泡の如く、再び回《か》へすべからざるものとなりぬ。この家に二個の娘子あり、姉は幼なきより隣村の某家に養はれて、人と成るまで家に帰らず、渠《かれ》の養はれし家は、宝貨充実、生を理する事一々其機に投ぜざるなし、之を以て彼の芳紀正に熟するや、豊頬秀眉、一目人を幻するの態あり、或時人に伴はれて其の実家に帰り、その妹を見しに、風姿は聊《いさゝか》も毀損《きそん》するところなけれど、自《おのづ》から痩弱にして顔色も光沢を欠けり。姉は頻りに己れの美貌を以て妹に誇負するところあらんとす、妹即ち曰く、爾《なんぢ》は躰健かに美形なりと雖、他家に寓して人となれり、我は躰弱く形又た醜くしと雖、祖先の家を守りて暫らくも爰を離れず、誇るべきところ我にあり、何ぞ爾の下にあらんやと。
 姉の頭にはデモクラシー(共和制)と云へる銀簪《ぎんしん》燦然《さんぜん》たり、インヂビヂユアリズム(個人制)といへる花釵《くわさい》きらめけり、クリスチアン・モラリチーも亦た飾られたり、真に之れ絶世の美人なり。而して妹の頭には祖先の血によりて成りたる毛髪の外、何の有るなし。妹の形は悄然たり、姉の面は矯妖《けうえう》たり。妹の未然は悲観的なり。姉の将来は希望的なり。姉を娶《めと》らんか、妹を招かんか。国民よ少しく省みよ、爾の中に爾の生気あらば、爾の中に爾の希望あらば、爾の中に爾の精神あらば、安《いづ》くんぞ此の婚嫁によつて爾の大事を決せんとするを要せむ。この二娘子の一を娶らざるべからずと信ずる勿《なか》れ。止むなくんば多妻主義となりて、この二娘を合せ娶れよ、汝はこの婚嫁によりて爾の精神を失迷せしむべからず、然り、爾に大なる元気(Genius)の存するあり、一夫一妻となるも、一夫多妻となるも、爾の元気に於て若し欠損するなければ、爾は希望ある国民なり。

     (4)[#「(4)」は縦中横] 国民の一致的活動

 凡《およ》そ一国民として欠く可からざるものは、其の一致的活動なり。活動、われは之を心性の上に於て云ふ、政事的活動の如きは我が関《あづか》り知る所にあらざればなり。凡そ心性の活動あらずして、外部の活動あるはあらず、思想先づ動きて動作生ず、ルーソーあり、ボルテールあり、而して後に仏国の革命あり。国民の鞏固《きようこ》なる勢力は、必らず一致したる心性の活動の上に宿るものなり。此点より観察すれば、国民の生命を証するものは、実に其制度に於て、能く国民を一致せしむる舞台あると否とに存せり。何を以て、国民に心性上の結合を与へん。如何なる主義を以て、此の目的に適《かな》ひたるものとせん。如何なる信条を以て、此の目的に合ひたるものとせん。吾人は多言を須《もち》ひずして知る、尤も多く並等《びやうどう》を教ふるもの、尤も多く最多数の幸福を図るもの、尤も多くヒユーマニチーを発育するもの、尤も多く人間の運命を示すもの、即ち、此目的に適合する事尤も多き者なるを
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