頑執妄排の弊
北村透谷
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)途《みち》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)造化|豈《あに》動なからんや
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「二点しんにょう+貌」、第3水準1−92−58]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ばく/\
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宇宙を観察するの途《みち》二あり、一は宇宙を「死躰」として観《み》るにあり、他は宇宙を「生躰」として観るにあり、人生を観察するの途二あり、一は人生を今世に限られたるものとして観るにあり、他は人生を未来に亘るものとして観るにあり。爰《こゝ》に於て吾人は知る、人間世に処するの途は、現在に希望を置くと、未来に希望を置くとの二岐に分るゝあるのみ。更に去つて歴史を観るに、盛衰興亡の端多く、一去一来の跡空しきも、之を要するに、歴史の中心潮は、未来の希望を現実に適用するにあるのみ。悠々たる天と、※[#「二点しんにょう+貌」、第3水準1−92−58]々《ばく/\》たる地の間に孰《いづ》れの所にか墳墓なる者あらんや、其の之あるは、人間の自から造れる者なり、国民の自から造れる者なり。印度《インド》自から其墳墓に埋もれたり、羅馬《ローマ》自ら其墳墓に沈みたり、彼等は去れり、然れども彼等を葬りし墳墓は彼等と共に其影を撤したり、天下孰れの処にか墳墓なる者あらんや、世界は墳墓に赴くにあらず、頭を挙げて蛇行するが如き此世界は、遂に「生命」に達すべき者なり。「記憶」渠唯だ記憶のみ、「過去」渠唯だ過去のみ、「未来」には権《ちから》あり、「希望」には命あり。
過去現在未来は全宇宙の所有物にして、人間の私有にあらず、時間と空間は人間を、或る立塲に繋げども、人間は過、現、未、の中心に立つて動く者にあらず。然りと雖《いへども》、宇宙の人間に対するは蛇の蛙に於けるが如くなるにあらず、人間も亦《ま》た宇宙の一部分なり、人間も亦た遠心、求心の二引力の持主なり、又た二引力の臣僕なり。魚市に喧囂《けんがう》せる小民、彼も亦た宇宙に対する運命に洩れざるなり、彼も亦た彼の部分を以て、宇宙を支配しつゝあるものなり、この観を以てすれば、王侯将相と彼との間に何の径庭《けいてい》あらんや。
宇宙に精神あるが如く人間にも亦た精神あるなり、而《しか》して人間個々の希望は、宇宙の精神に合するにあり、人間世界の最後の希望は、全く宇宙の精神に合躰するにあり。唯理論、唯心論、もしくは又た唯物論、彼等何ものぞ、もしくは又た凡神教《はんしんけう》、彼等何ものぞ、彼等の一を仮ることなくんば、彼等の一に僻することなくんば、遂に人間の希望を達すること能はずとするか、何が故に唯心論を悪しとするか、何が故に凡神論を悪しとするか、何が故に唯物論を悪しとするか、又た何が故に彼等を善しとするか、空々漠々たる癖論家よ、民友子大喝して曰く、「ベベルの高塔を築かんとするは誰ぞ」と。
彼の唯物論、彼の唯心論、彼の凡神論、彼等は各々其使命[#「使命」に傍点]を帯びて来れり、而して彼等は各、其使命の幾分を遂げたり、而して彼等は各々其誤謬[#「誤謬」に傍点]を残したり。看よ人間の歴史は、恒《つね》に善き事をなして、恒に悪しき事を為すにあらずや。恒に真理に近づき、恒に真理に遠《とほざ》かるにあらずや。恒に進歩して、恒に退歩するにあらずや。然れども記憶せよ、宇宙の精神と、人間の精神とは、恒に進歩にして恒に退歩なる中にありて、相接近しつゝあるにあらずや。唯心論を以て唯物論を罵《のゝし》るは誰ぞ。唯物論を以て唯心論を罵るは誰ぞ。彼にも粋あり、此にも粋あり、彼にも糠《かう》あり、此にも糠あり、妄《みだり》に此の粋を以て、彼の粋を撃たんとするは誰ぞ。縦《ほしいまゝ》に此の糠を以て、彼の糠を排せんとするは誰ぞ。民友子大喝して曰く、「砂丘の上にベベルの高塔を築かんとするは誰ぞ」と。
「造化は終古依然たり、而して終古鮮新なり、」とは善く言はれたるかな。宇宙は実に其中心に於て、一定の方向あるのみ、其外面に於ける進歩と退歩とは、常久に鮮新なる状態を呈するなり、預言者、英雄、詩人、彼等何すれぞ宇宙以外の新物を貪《むさぼ》らんや、彼等も亦た自からの墳墓を造るものなり、百年、千年、万年、あやしきは、Time なり、怖るべきは Time なり、墳墓も亦た Time の為に他の墳墓に投げらるゝなり、墳墓すら其迹を留《とゞ》めず、曷《いづく》んぞ預言者、英雄、詩人を留めんや。営々たる街頭の商児、役々たるレボレトリーの化学者、紛々たる新聞屋の小僧、彼等も亦た彼の預言者と、彼の英雄と、彼の詩人と、其帰着
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