に拘々《こう/\》して、空しく抗する事は、余の為す能《あた》はざるところなればなり。我は識《し》らず、我は悟らず、如何《いか》なる罪によりて繋縛の身となりしかを。
然れども事実として、我は牢獄の中《うち》にあるなり。今更に歳の数を算《かぞ》ふるもうるさし、兎《と》に角《かく》に我は数尺の牢室に禁籠《きんろう》せられつゝあるなり。我が投ぜられたる獄室は世の常の獄室とは異なりて、全く我を孤寂に委せり、古代の獄吏も、近世の看守も、我が獄室を守るものにあらず。我獄室の構造も大に世の監獄とは差《たが》へり、先づ我が坐する、否坐せしめらるゝ所といへば、天然の巌石にして、余を囲むには堅固なる鉄塀あり、余を繋ぐには鋼鉄の連鎖あり、之に加ふるに東側の巌端には危ふく懸れる倒石ありて我を脅《おびや》かし、西方の鉄窓には巨大なる悪蛇を住ませて我を怖れしめ、前面には猛虎の檻《をり》ありて、我室内に向けて戸を開きあり、後面には彼の印度あたりにありといふ毒蝮《どくまむし》の尾の鈴、断間《たえま》なく我が耳に響きたり。
我は生れながらにして此獄室にありしにあらず。もしこの獄室を我生涯の第二期とするを得ば、我は慥《
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