厭世詩家と女性
北村透谷
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)秘鑰《ひやく》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)詩家|豈《あに》無情の
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「山+角」、63−上−15]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)そも/\厭世家なるものは
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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恋愛は人世の秘鑰《ひやく》なり、恋愛ありて後人世あり、恋愛を抽《ぬ》き去りたらむには人生何の色味かあらむ、然るに尤も多く人世を観じ、尤も多く人世の秘奥を究むるといふ詩人なる怪物の尤も多く恋愛に罪業を作るは、抑《そ》も如何《いか》なる理《ことわり》ぞ。古往今来詩家の恋愛に失する者、挙げて数ふ可からず、遂に女性をして嫁して詩家の妻となるを戒しむるに至らしめたり、詩家|豈《あに》無情の動物ならむ、否、其濃情なる事、常人に幾倍する事|著《いちじ》るし、然るに綢繆《ちうびう》終りを全うする者|尠《すくな》きは何故ぞ。ギヨオテの鬼才を以て、後人をして彼の頭《かしら》は黄金《こがね》、彼の心は是れ鉛なりと言はしめしも、其恋愛に対する節操全からざりければなり。バイロンの嵩峻を以ても、彼《か》の貞淑寡言の良妻をして狂人と疑はしめ、去つて以太利《イタリー》に飄泊するに及んでは、妻ある者、女《むすめ》ある者をしてバイロンの出入を厳にせしめしが如き。或はシヱレイの合歓《がふくわん》未だ久しからざるに妻は去つて自ら殺し、郎も亦《ま》た天命を全うせざりしが如き。彼の高厳荘重なるミルトンまでも一度は此轍《このてつ》を履《ふま》んとし、嶢※[#「山+角」、63−上−15]《げうかく》豪逸なるカーライルさへ死後に遺筆を梓《し》するに至りて、合歓|団欒《だんらん》ならざりし醜を発見せられぬ。其他マルロー、ベン・ジヨンソン以下を数へなば、誰か詩人の妻たるを怖れぬ者のあるべき。
思想と恋愛とは仇讐なるか、安《いづく》んぞ知らむ、恋愛は思想を高潔ならしむる※[#「女+爾」、第4水準2−5−85]母《じぼ》なるを。ヱマルソン言へる事あり、尤も冷淡なる哲学者と雖《いへども》、恋愛の猛勢に駆られて逍遙徘徊せし少壮な
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