りし時の霊魂が負ふたる債《おひめ》を済《かへ》す事能はずと。恋愛は各人の胸裡《きようり》に一墨痕を印して、外《ほか》には見ゆ可からざるも、終生|抹《まつ》する事能はざる者となすの奇跡なり。然れども恋愛は一見して卑陋《ひろう》暗黒なるが如くに其実性の卑陋暗黒なる者にあらず。恋愛を有せざる者は春来ぬ間《ま》の樹立《きだち》の如く、何となく物寂しき位地に立つ者なり、而して各人各個に人生の奥義の一端に入るを得るは、恋愛の時期を通過しての後なるべし。夫れ恋愛は透明にして美の真を貫ぬく、恋愛あらざる内は社会は一個の他人なるが如くに頓着あらず、恋愛ある後は物のあはれ、風物の光景、何となく仮を去つて実に就き、隣家より我家に移るが如く覚ゆるなれ。
 蓋《けだ》し人は生れながらにして理性を有し、希望を蓄へ、現在に甘んぜざる性質あるなり。社会の※[#「夕/寅」、第4水準2−5−29]縁《いんえん》に苦しめられず真直《まつすぐ》に伸びたる小児は、本来の想世界に生長し、実世界を知らざる者なり。然れども生活の一代に実世界と密接し、抱合せられざる者はなけむ、必ずや其想世界即ち無邪気の世界と実世界即ち浮世又は娑婆《しやば》と称する者と相争ひ、相睨《あひにら》む時期に達するを免れず。実世界は強大なる勢力なり、想世界は社界の不調子を知らざる中《うち》にこそ成立すべけれ、既に浮世の刺衝《ししよう》に当りたる上は、好《よ》しや苦戦搏闘するとても、遂には弓折れ箭《や》尽くるの非運を招くに至るこそ理の数なれ。此時、想世界の敗将気|沮《はゞ》み心疲れて、何物をか得て満足を求めんとす、労力義務等は実世界の遊軍にして常に想世界を覗《うかゞ》ふ者、其他百般の事物彼に迫つて剣鎗相|接爾《せつじ》す、彼を援くる者、彼を満足せしむる者、果して何物とかなす、曰く恋愛なり、美人を天の一方に思求し、輾転反側する者、実に此際に起るなり。生理上にて男性なるが故に女性を慕ひ、女性なるが故に男性を慕ふのみとするは、人間の価格を禽獣の位地に遷《うつ》す者なり。春心の勃発すると同時に恋愛を生ずると言ふは、古来、似非《えせ》小説家の人生を卑しみて己れの卑陋なる理想の中に縮少したる毒弊なり、恋愛|豈《あに》単純なる思慕ならんや、想世界と実世界との争戦より想世界の敗将をして立籠らしむる牙城となるは、即ち恋愛なり。
 此恋愛あればこそ、理性ある人間
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