哀詞序
北村透谷
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)順《したが》つて
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)恩怨|両《ふた》つながら
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「虫+元」、162−下−19]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)つら/\世相を観ずるに
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歓楽は長く留り難く、悲音は尽くる時を知らず。よろこびは春の華の如く時に順《したが》つて散れども、かなしみは永久の皷吹をなして人の胸をとゞろかす、会ふ時のよろこびは別るゝ時のかなしみを償ふべからず。はたまた会ふ時の心は別るゝ時の心の万分の一にだも長からず。生を享《う》け、人間《じんかん》に出でゝ、心を労して荊棘《けいきよく》を過《すぐ》る、或は故なきに敵となり、或は故なきに味方となり、恩怨|両《ふた》つながら暴雨の前の蛛網《ちゆまう》に似て、徒《いたづ》らに啻《た》だ毛髪の細き縁を結ぶ、夕に笑ひしに因て朝に泣くの果を見つ、朝に泣きしに因つて更に又た夕に笑はんとす、斯の如きは憫《あは》れむべし、斯の如きは悲しむべし、斯の如きは厭《いと》ふべし、我れつら/\世相を観ずるに、誰か亦た斯の如くならざらむ。娼婦の涕は紅涙と賞《たゝ》へられ、狼心の偽捨は慈悲と称《とな》へらる。友と呼び愛人といふも、はしたなきもつれに脆《もろ》くも水と冷ゆるは世の習ひなり、鷺を白しと云ひ、鴉を黒しといふも唯だ目にみゆるところを言ふのみ、人の心を尋ぬれば、よしなきことを諍ひては瞋恚《しんい》の焔《ほむら》を懐にもやし、露ほどの恨みも長《とこ》しへに解くることなく人を毀《そこな》はんと思ふ。右に行くものゝ袂は左に往くものゝ手に把られ、左に行くものも亦た右に往くものに支へらる。鴿《はと》の面をもてる者に蛇の心あり、美はしき果実に怖ろしき毒を含めることあり、洞に近《ちかづ》けば※[#「虫+元」、162−下−19]蛇《げんじや》蟄《ちつ》し、林に入れば猛獣遊ぶ。二世といふ縁に二世あるは少なく、三世といふに三世あるも亦|尠《すく》なし、まことの心にて契る誓ひは稀にして、唯だ目前の情と慾とに動くも亦たはかなき至りなり、讐と恩とに於て亦た斯の如し。必らず酬《
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