「平和と戦争」と題するトルストイの著書の終局に載するところ、即ち是《これ》なり。其他の著書にも、此意を談ずるところ少なからず。即ち神の法《のり》に従ひて生活するものにあらざれば、自然なる、幸福なる生涯を終る事能はずと云へる真理は、伯の著書に散見して、伯が世を教《をしゆ》るの真意を窺《うかゞ》ふに足るべし。伯は言へらく、
「吾等は惟《たゞ》一の案内者を持てり――即《すなは》ち凡ての物に衆合的及び個物的に通徹して存せる宇宙大精気《ユニバーサルスピリツト》なり。草樹を日の光に頼《よ》りて発萌せしむるも、百花を熟《みの》らして菓実とならしめ、以て山野を富実《ふうじつ》ならしむるも、皆なこの精気の致すところなり、吾等人類を相《あひ》協和せしめ、相擁護せしむるもまた。」
 蓋《けだ》しトルストイ伯の所見は、此点に於て彼《かの》フレンド派が唱道するところと符合せり。唯だ伯は之を露国の農民に適用せしのみ。
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     戦争に対する伯の意見

 伯の著書「コサック」を読み、「イバン・ゼ・フール」を読みたらん人は必らず、伯が戦
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