るに至れり。而《しか》して斯《かゝ》る気運を喚起せしめたるもの種々あるべしと雖《いへども》、トルストイ伯の出現こそ、露文学の為に万丈の光焔を放つものなれ。彼は露国の平民的生活を描く作家なり、彼は明らかに吾人に向つて、露国には中等民族あらず、貴族と平民のみなることを示すなり。
露国の農民
は、徒《いたづ》らに西部文明の幻影を追随して栄華を春日《しゆんじつ》の永きに傲《ほこ》る貴族者流と、相離るゝ事甚だ遠し。彼等は聖書を愛読し、宗教思想に富み、日常の業務に満足して、敢て虚栄の影を追はず、或時はむしろ迷信に陥り易く、宗教に伴へる在来の悪弊も亦《また》少なからず。然れどもトルストイ伯は是等の卑野なる農民を愛する事、慾情に耽惑せる上流の人に比して、幾層の深きをあらはせり。げに露西亜《ロシア》の農民はあはれなる生活を送るもの多く、酸苦|交《こもご》もせまれども能《よ》く耐《こら》へ、能く忍ぶは、神の最後のまつりごとに希望を置くと見えたり。而してトルストイ伯の如きは自《みづか》ら先達《せんだつ》となりて、是等の農民を救ひつゝあるなり。其の旧作の中《うち》に言へることあり、曰く「怖れ惑
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