きが故に、諷刺よりも写実に近からんとしたるなり。彼は写実家が社界の実相を描出せんとするが如くならで、諷刺家が世を罵倒せんとて筆を染むるが如くす。彼が胸中を往来する者は、人間界の魔窟なり、人間界の怪魅なり、心宮内の妖婆なり。彼れ能く是等の者を実存界に活《い》け来つて冷罵軽妙の筆を揮ひ、能く人生の実態を描ける者、豈《あに》凡筆ならんや。彼は諷刺家と言はるゝこと能はず、写実家と称へらるゝこと能はず、諷刺家と写実家を兼有せる小説家と名けなば、いかに。
 抱一庵の「曇天」想高く気秀いで、一世を驚かすに足るべき小説なりしも、世は遂に左程に歓迎する事なかりし。其故如何となれば、彼は暗々裡に仏国想《フレンチ・アイデア》を担《にな》ひ入れて、奇抜は以て人を驚かすに足りしかども、遂に純然たる日本想の「一口剣」に及ばざるを奈何《いかに》せむ。「辻浄瑠璃」巧緻を極めたりしも遂に「風流仏」に較《かく》す可き様もなし。外国想が日本想の純全なるに如《し》かず、一片相が少くとも円満相に如かざることを是《ぜ》なりと認め得ば、余は緑雨が社界の諸共に認めて妖魔とし魅窟とする処の一片相を取り来つて、以て社界全躰を刺すの材料と
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