に狂する人類の中に棲息する者なり、己れの身辺に春水の優々たるを以て楽天の本義を得たりとする詩人は知らず、斉しく情を解し同じく癡に駆られ、而して己れのみは身を挺して免れたる者の、他に対する憐憫《れんびん》と同情は遂に彼をして世を厭《いと》ひ、もしくは世を罵るに至らしめざるを得んや。世を厭ふものを以《も》て世を厭ふとするは非なり。世を罵る者を以て世を罵るとするは非なり。世を厭ふ者は世を厭ふに先《さきだ》ちて、己れを厭ふなり。世を罵る者は世を罵るに先だちて、己れを罵るなり。己れを遺《わす》れて世を遺るゝを知る。己を空《むなし》うして世を空うするを知る、誰れか己れを厭ふ事を知らずして真の厭世家となり、己れを罵ることを知らずして真の罵世家となるを得んや。
 われは非凡なる緑雨の筆勢を察して、彼が人類の心宮《しんきう》を観ずるの法は、先づ其魔毒よりするを認めたり。彼は人類を軟骨動物と思做《おもひな》し、全く誠信なく、全く忠誠なく、心宮中に横威を奮ふ一種の怪魔が自由に人類を支配しつゝありて、咄々《とつ/\》、奇怪至極の此社界かなと観念し来りて、之を奸猾なる健介に寓し、之を窈窕《えうてう》たる美形美禰
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