の傾きを示すと雖《いへども》、今日の社界を距《さ》る事甚だ遠しとは言ふ可らず。栗原健介は極めて的実なり、市兵衛の如き、阿貞《おさだ》の如き、個々皆な生動す。而《しか》して美禰子と駒之助に至れば照応甚だ極好。深く今日の社界を学び、其奥底に潜める毒竜を捉《と》らへ来つて、之を公衆の眼前に斬伐《ざんばつ》せんとの志か、正太夫。
何《いづ》れの社界にも魔毒あり。流星怪しく西に飛ばぬ世の来らば、浅間の岳の火烟全く絶ゆる世ともならば、社界の魔毒全く其|帶《たい》を絶つ事もあるべしや。雲黒く気重く、身|蒸《む》され心|塞《ふさ》がれ、迷想|頻《しきり》に蝟集《ゐしふ》し来る、これ奇なり、怪なり、然れども人間遂にこれを免かること難し。黒雲果して魔か、大気果して毒か、肉眼の明を以て之を争ふは詩人にあらざるなり。黒雲|悉《こと/″\》く魔なるに非ず、大気悉く毒なるにあらず、啻《たゞ》黒雲に魔あり、大気に毒ある事を難ぜんとするは、実際世界を見るも実世界以外を見ること能はざる非詩性論者の業として、放任して可なり。
吾人《われら》は非精無心の草木と共に生活する者にあらず。慾に荒《す》さび、情に溺れ、癡《ち》
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