以て犠牲たる、何が故に犠牲たるを甘んずるを得るや、美いかな人間の情、好むべきかな人間の心、友の為に身を苦しめ、親の為めに心を痛め、而して自ら甘心し、真実何の悔恨なきを得るは、豈に讃《ほ》むべき事にあらずや。「自己《セルフ》」といふ柱に憑《よ》りかゝりて、われ安し、われ楽しと喜悦するものゝ心は、常に枯木なり、花は茲《こゝ》に咲かず、実は茲に熟せず。情は一種の電気なり、之あるが故に人は能く活動す。時に或は愁雲恨雨の中に暴然鳴吼をなし、霹靂《へきれき》一声人眼を愕ろかすことあるも、亦た止むべからず。花なき花は之なり、実なき実は是なり。情死軽んずべからず。
「世の中に絶えて心中なかりせば、二世のちぎりもなからまじ」(旅中、本書を携へず、或は誤字あらん)、と「冥土の飛脚」に言はせたる巣林子《さうりんし》、われその濃情を愛す。人の誠意は情によりて始めて見るべし。沈静は元より沈静の味あり、然れども熱意も亦た、熱意の味あるにあらずや。熱意は人を誠実に駆り、誠実は往々にして人を破却に逐《お》ふ、破却|素《もと》より悪《にく》むべし、然れども破却の中に誠実あり、人死して誠実残る、愛の妙相は之なり、「真玉白
前へ 次へ
全7ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング