玉、種類《しな》あれど、愛に易《か》ふべき物はなし」、と市谷《いちがや》の詩人|大《おほい》に若くなれり。
よしや幻想に欺かるゝ事ありとも、二人が間には一点の詐偽《さぎ》なく、一粒の疑念なし、二にして一、一にして二、斯の如く相抱て水に投ず。死する時楽境にあるが如く、濁水も亦た甘露を味ふに似たり、万事斯くして了れば、残るものははしたなき世の浮名のみ。浮名も何ぞや。嗚呼《あゝ》罪なり、然り、罪なり、然れども凡そ世間の罪にして斯の如く純聖なる罪ありや。死は罰なり、然り、罰なり、然れども世間の罰にして斯の如く甘美なる罰ありや。嗚呼狂なり、然り、狂なり、然れども世間の狂にして斯の如く真面目なる狂ありや。幻と呼び夢と呼ぶも理あれど、斯の如く真実なる幻と夢とは、人間の容易に味ひ得ざるところ。之を以てわれは情死を憫《あは》れむ事切なり。
義理人情に感ずること多きもの、情死の主人となること多きは、巣林子の戯曲之を証せり。捉ふるものは義理人情、逃ぐるに怯ならず、避くるに卑しからず、死を以て之を償《つぐの》ふ、滅を以て之を補ふ、情死は勇気ある卑怯者の処為なり、是を大胆なる無情漢に比すれば如何ぞや。
「そ
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