万物活情あり、之ありて世界変化あり、他ならず、心性上に於ける引力之なり。人はこの引力の持主にして、彼の約束の捺印者《なついんしや》なり。
 余今ま村舎に宿して一面の好画を見たり。雄鶏は外に出でゝ食をもとめ、雌鶏は巣に留りて雛を温む。孵《かへ》りて後僅かに半月、或は母鶏の背に升《のぼ》り、或は羽をくゞりて自から隠る、この間言ふ可からざるの妙趣ありて余を驚破せり。細かに万物を見れば、情なきものあらず。造化の摂理|愕《おど》ろくべきものあり。
 或は劣情[#「劣情」に傍点]と呼び、或は聖情[#「聖情」に傍点]と称《い》ふ、何を以て劣と聖との別をなす、何が故に一は劣にして、一は聖なる、若し人間の細小なる眼界を離れて、造化の広濶なる妙機を窺《うかゞ》えば、孰《いづれ》を聖と呼び、孰《いづ》れを劣と称《よ》ぶを容《ゆ》るさむ。濫《みだ》りに道法を劃出して、この境を出づれば劣なり、この界を入れば聖なりと言ふは何事ぞ。
 情の素たるや一なり、之を運ぶ器と機の異なるに因つて聖劣を分たんとす。世間の道義は之に対して声を励まして正邪を論ず、何ぞ迂《う》なるの甚しき。文化は人に被らすに数葉の皮を以てす、之を着
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