《しん》に入りたる詩人の為すところは、説明に力を籠《こ》めずして、却《かへ》つて写実に精を凝《こ》らすにありき。
写実とは云へども、世の所謂実際派の為すごとく、人間の獣慾を惟一《ゆゐいつ》の目的として描出するの謂《いひ》にあらず、人間に不完全の認識あるよりして、何物かを得て之を贖《つぐな》はんとの慾望は天地間自然の理なれば、此慾望の一転して他の美妙なる位地に思慕を生ずる実情を描写するを、詩人の本領とは云ふなり。バイロンがうたひし如く、己の冷々たる胸に温熱を生じ、己れの頑剛なる質を和《やは》らげて、優柔なる性情を与ふるもの、即ちこの不完全が多少完全になされし徴《ちよう》なり、これを為すもの恋愛の妙力にあらずして何ぞ。
「ロメオ・アンド・ジユリヱット」の著者は、何が故にロメオが欝樹叢中に彷徨《はうくわう》したりしやを記せず。彼は唯だロメオに自然なる一種の思慕ある事を顕はすに甘んじたり、一種の思慕とは即ち前に言ひし一種の原素なり、彼は此原素を説明せずして、この原素を写実したり。「ハムレット」の著者は明らかに人々をしてハムレットの恋愛に狂へる者なることを言はしめ、其ヲフヱリヤとの問答に就きて
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