》ぬ。美術の上にて言ふ時は、お夏のこの時の底から根からの恋慾は、巧に穿《うが》ち得たるところなるべし。
清十郎の追払れたりし時には未だ分別の閭《ちまた》には迷はざりしものを、このお夏の狂愛に魅せられし後の彼は、早や気は転乱し、仕損《しそこな》ふたら浮世は闇、跡先見えぬ出来心にて、勘十郎と思ひ誤りて他《ほか》の朋輩なる源十郎を刺殺したるも、恋故の闇に迷へばこそ。清十郎既に人を殺して勘十郎の見出すところとなり、家の内外《うちそと》に大騒擾《おほさうぜう》となりたる時にお夏は狂乱したり、其狂乱は次の如き霊妙の筆に描出せらる。
「あれお夏/\と呼ぶわいの、おう/\其所にか、どこにぞ、いや/\いや待て暫し、あれは我屋《わがや》に父の声、我を尋ねて我を呼ぶ、親も懐《ゆか》しや、夫《つま》も恋しや、父は子をよぶ夜の鶴、我は夫《つま》よぶ野辺の雉子《きじ》」又下の巻に入りて「宵《よ》さこいと云ふ字を金紗《きんしや》で縫はせ」より以下「向ひ通るは清十郎ぢやないか、笠がよく似た、菅笠《すげがさ》が、よく似た笠が、笠がよく似た菅笠がえ。笠を案内《しるべ》の物狂ひ」の一節。「なう/\あれなる御僧《ごそう》、
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