至りては、お夏が無邪気なる意気地と怜悧《れいり》なる恋の智慧を見るに足るべし、「あの立野《たちの》の阿呆顔《あはうづら》、敷銀《しきがね》に目がくれて、嫁に取《とら》うといやらしい」と云《いふ》一段に至りては、彼の恋愛の一徹にして処女らしきところを蔽ふ能《あたは》ず。
二人の情通露見したる時に、朋輩勘十郎の奸策《かんさく》同時に落ち来りて、清十郎が布子《ぬのこ》一枚にて追払はるゝ段より、お夏の愛情は一種の神韻を帯び来れり。清十郎の胸の中《うち》には恋の因果といふ猛火|燃《もえ》しきりて、主従の縁きるゝ神の咎《とが》めを浩歎《かうたん》して、七苦八苦の地獄に顛堕《てんだ》したるを、お夏の方《かた》にては唯だ熾熱《しねつ》せる愛情と堪《た》ゆべからざる同情あるのみ。ひそかに部屋の戸を開きて外に出《いづ》れば悽惻《せいそく》として情人未だ去らず、泣いて遠国に連《つれ》よとくどく時に、清十郎は親方の情《なさけ》にしがらまれて得|応《いら》へず、然るを女の狂愛の甚しきに惹《ひ》かされて、遂に其《その》誘惑に従はんと決心するまでに至りし頃、中《うち》より人の騒ぎ出《いで》たるに驚かされて止《やみ
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