醉つた眼をすゑて。土間に立つてゐた。それから表の方を一寸見た。そして、何か考へ惑つてゐた。が、チエツ! と舌打ちすると、家へ上つた。源吉はすぐ、押入れから、垢でベト/\になつた丹前をとり出して、それを頭からかぶると、寢てしまつた。由は、隅の方で、さういふ兄を、半ば恐れながら、然しじいと見てゐた。

 夜になつて、母親が、お芳のことを「驚いたもんだ。」と云つた。源吉はその時は何時ものむつちりにかへつて、飯を食ひながらだまつて聞いてゐた。
 ――お芳は札幌にゐたうちに、ある金持の北大の學生と關係した。そしてお芳が妊娠したと分つたときに、その學生にうま/\と棄てられてしまつた。その學生の實家は内地に澤山の土地をもつた地主だつた。
 お芳は、何度も/\學生にすがつて行つた。「誰の子供だか分るもんか。」終ひにはさう云はれた。そのうちに、身體のそんな事情で、カフエーの方も工合わるくなり、大きな十ヶ月の腹で、歸つてきた。
 本當は十日も前に、「こつそり」歸つてきてゐたのだつた。お芳の父親は家に入れないと云つた。貧乏百姓には、寢て米を食ふ厄介物でしかなかつたし、もう少したてば、それにもう一つ口が殖える
前へ 次へ
全140ページ中99ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング