て一杯のんで行つて。」と云つた。そして、すぐ立つて出て來た。
「まアいゝ機嫌ねえ。」
源吉は女の顏のすぐ前まで、自分の顏をつき出して、醉つてシヨボ/\した眼を、無理にひらいて、女を見た。安い白粉と、女の汗臭い匂ひがムーンと鼻に來た。
「この女子《あまつ》こ、めんこい[#「めんこい」に傍点]顏してるど。」
「温めてやるよ。ねえ、上つてさ、――。」
源吉はよろけながら、土間に入つてしまつた。
荒物屋の前につないであつた源吉の馬は、次の朝まで其處に、そのまゝ、頭を長く下げてつながれてゐた。
*
長い秋の夜を、ランプを土間に下して、藁をたゝいて、繩をなつたりしながら、百姓は、自分達の過ごして來た一生を思ひかへした。秋の夜は百姓達にはさういふ時だつた。小聲で鼻唄をうたつてゐたのが、フト止むと、何時の間にか百姓達は昔のことを思つてゐた。
内地では彼等は芋ばかりしか食へなかつた。畑から出來上つたものは安くて、肥料や農具はその倍にもなつた。地主には小作料が、重なりに重なると、立毛は押へられた、土地はとりあげられた。「北海道に行つたら」さう思つて、追ひ立てられて、然し、大き
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