に顏がくつつきさうになる程に突き出して、鼻の側に出てゐる何かを、一生懸命しぼり取らうとしてゐた。口を變にゆがめて。源吉は頭をもとにもどすと、それにも、何んにも云はなかつた。
「困つた。」
 今度はお文が手拭で顏をふき出した。
「春ちやんば誘つて行くんだけど、お母ア居なかつたら出られねえべよ。――兄、お祭りさ行くべ?」
 初めて顏を鏡から離して、源吉の方を見て、さう云つた。裏で、久し振りに立てたお湯に入つた後なので、お文の顏は、スベ/\と、白く、綺麗になつてゐた。源吉がお文の顏を見ると、お文は一寸顏を赤くして、「どうする?」と、工合惡さうに云つた。
 源吉は又頭をもとに返して、別な方にものを云ふやうに、初めて、
「行《え》つてもえゝ。」
 お文は奧に入つて行つた。そして着物を着かへると外へ出て行つた。
「フン、畜生!」
 源吉は立ち上つた。が、何をするためか、自分で分らなかつた。窓から外を見た。が、眞暗で、(それに内が明るいので)外はちつとも見えなかつた。臺所へ行つて、源吉は水を、二杯ほど飮んだ。爐邊に歸つてきたが、坐るのか、どうか、源吉は考へつかなかつた。源吉は、そこにしばらく、ぼんや
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