るやうに立つてゐた。
「ハヽヽヽヽヽヽ。」
 それから、「もう一つ歌ふど。」と云つた。

[#ここから2字下げ]
鳥も通はぬう……うーう
(あ、聲が出ない。と云つて、)
花――ア櫻木イ――
人はア――ア武士――か。
[#ここで字下げ終わり]

 源吉は途中で止《よ》すと、勝をうながして、今來た道をもどつた。半町位來て又林の中に入つた。それから、源吉は立ちどまると、
「しばらく、かうやつてるんだ。」と云つて、源吉は耳をすまして、四圍に氣をつけながらじつとしてゐた。二十分も二人はさうしてゐた。
「よし/\、大丈夫。」さう云ふと、「さあ、行《え》くべ。」
 又二人は舟のところまで下りて行つた。そして、「乘るべし。」と云つた。
 源吉は勝をのせると、力を入れた、舟を川の眞ん中に押し出し、うまく、その瞬間ひよいと舟の後に飛びのつた。そのはずみに、舟のへようし[#「へようし」に傍点]が、いきり立つた馬の首のやうに立ち上つた。そして舟がぐら/\ツとゆれた。
「なんだか、糞も分らねよ。」勝は源吉が網の上に身體を下すとさう云つた。
「んか。なんでもねえよ。役人がゐるかと思つてちよいとやつてみたのさ。お前
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