つてないさ。處が、奇妙な事もあればあるもんで、誰も地主にちよろまかされてるんだてえ事を知らないんだ。それでまだ稼ぎが足りないんだべ、まだ足りないんだべつて、一生懸命働いてるんだ。地主の奴、うしろで、舌ばペロ/\出して、喜んでるだべよ! 働け働けたつて、今まででさへ百姓が朝四時か五時から起きてさ、晩はまた晩で、七時も八時迄も働いてるんだ。これよりもつと朝早く、夜はおそくして、馬車馬見たいに、働いたら、それこそ三日で百姓ぶつ倒れるべよ。百姓位のべつ暇なしに働くものなんかあるか。――働きが足りないから貧乏してるなんて、ウソ[#「ウソ」に傍点]の大皮さ。」
「先生さま、まア何云ふだべ。」母親はびつくりして云つた。
「イヤ、お前んとこでも、ウンと働いてやれや。せば、地主の倉さ米俵が、うんとこさ積まさつて、逆にお前達の口がカラ/\になつてくるから。」先生は高聲で笑つた。
源吉は、つんのめされた人のやうな、固い、むづかしい顏をしてゐた。時々、フト木槌がとまつた。
「俺、何時でも不思議に思つてるのは、みんながこんなに貧乏してゐるのに、どういふわけでこんなに貧乏かつてことが、誰も分つてゐないことだよ。なア、源吉君。地主があつたらこと云ひやがるし、坊主は又坊主の奴で、地主からたんまり貰つたもんだから、何事も佛樣のみ胸のまゝだなんてぬかすもんで、分らないのが、イヨ/\こんがらがつて分らなくなつたんだ。が、洗つたところを見れば、――何も、かも、はつきりしたもんだよ。百姓、あんまりはつきりすると自分でどうしていゝか困るのかなア。」又そこで笑つた。そして、獨りで「ウン、困るんだ。困るんから……分らないことにして置いてるんだ。」
先生は源吉の方を見た。源吉が何か云ひ出すのを待つ、といふやうな恰好をした。が、源吉は眉をひそめたむづかしい顏を、まだ、してゐた。
「まア/\、先生樣、そつたらごと、地主樣にでも聞えたら、大變なごとになるべしよ。」
先生はちよつとだまつてゐた。が、それからは別なことを話した。爐邊に寢てゐた由が、何かに吃驚したやうに、跳ね上つた。そして、立つたまゝポカーンとした。皆その方を見た。
「由、何ば寢ぼけてるんだ!」
由は、それから四圍をキヨロ/\見ながら、身體を何囘もゆすつた。由の身體には虱が湧いてゐた。
「ホラ、校長さんがおいでになつてるど。」
由は校長先生を見ると、頭をさげた。が、何も云はずにすぐ又爐邊に坐つた。そして兩膝頭と顎が喰付くやうに、圓まつて寢込んでしまつた。
「うなされてる。」
校長先生はそれからしばらくして、イガ栗頭をゴシ/\かきながら歸つて行つた。表をあけながら、「ウツ、寒い。」と云つて、袂に手をひつこめた。戸がしまつてからすぐ家の側で、先生の小便をしてゐる音がした。
「お晩でした。」誰かゞさう云つて通つて行つた。
先生は小便をしながら、「や、お晩。」と、何時ものザラ/\した聲で云つた。
仕事が終つてから、母親が皮をむいて置いた馬鈴薯を大きな鍋に入れて湯煮をした。すつかり煮えた頃それを笊にとつて、上から鹽をかけた。母親と源吉が爐邊に坐つて、それを喰つた。うまい馬鈴薯は、さういふ風にして煮ると「粉を吹い」た。二人は熱いのをフウ/\吹きながら頬ばつた。母親は、源吉の向側に、安坐をかいて坐つてゐた。が、一寸すると、芋を口にもつて行きながら、その手が口元に行かずに、……母親は居眠りをしてゐた。が、手がガクツ[#「ガクツ」に傍点]と動くので、自分にかへつて、とにかく芋を口に入れるが、口をもぐ/\させてゐるうちに、――のみ下さないで、口にためたまゝ、又居眠りを始めた。
爐にくべてある木が時々パチ/\とはねた。その音で、母親が時々、少し自分にかへつた。源吉はもの[#「もの」に傍点]も云はずに、芋を喰つてゐた。何か考へ事でもしてゐるやうに、口を機械的にしか動かしてゐなかつた。
柱時計が四つ、ゆるく、打つた。母親は、びつくりして、今度は本當に眼をさました。そして、くるつと圓くなつて寢てゐる由をゆり起した。由は眼をさますと、不機嫌に、ねじけ始めた。
「ホラ、校長先生!」母がどなつた。
由はギヨツとしたやうに、四圍《あたり》を見た。
「うそ、うそ! うそ※[#感嘆符二つ、1−8−75]――うそ※[#感嘆符三つ、70−8]……」とう/\由が本氣に泣き出してしまつた。
「この野郎。早く小便たれてこ。表さ行《え》つて。」
由は中々立たなかつた。三度も、四度も云はれて、表へ立つた。が、戸を少し細目にあけると、そこからチンポコだけ出して、勢ひよく表へやつた。
「又、表さ出ねえで。なんぼ癖惡いんだか。――あどから臭せくツて!――赤びつき[#「びつき」に傍点](赤子)でもあるまいし。えゝか、あとから兄から、うんブンなぐられるべ!」
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