「表おツか[#「おツか」に傍点]ねえで。んに、寒いわ。」半分泣き聲で由が云つた。
「よし/\、うんと、そつたらごとせ。」
 母親は床を三つ敷いた。
「なア源ん、校長先生あれきつと、――あれだ。飛んでもない事云ふもんだ。本氣に聞くなよ。うん。」床をしきながら、母がさう云つた。
 源吉は、芋を喰ひあきると、火箸をもつたまゝ、爐の中を見てゐた。火箸で、火のオキ[#「オキ」に傍点]を色々に、ならべてみたり、崩してみたり、しばらくさうしてゐた。
 由と母親が寢てしまつた。
 源吉は爐の側にある木をとつてくべた。それからそれが一しきり燃え終るまで、すゝけた青銅の像のやうに、坐つてゐた。ランプも石油がなくなつてきて、だん/\焔が細くなつてきた。
「源、まだ起きてたのか。燃料《たきもの》たいし[#「たいし」に傍点]だ。――寢かされ。」
 母親が眼をさまして、一寸枕から顏をあげて、こつちを見ながら云つた。源吉は火も、もう燃え殘りしかなくて、自分が寒くなつてゐたのに氣付いた。
「うん。」さう云つて、立ち上つた。……
 後の窓に、大きな影になつて、源吉の身體がうつつた。
「なんまんだ、なんまんだ、――。」ブツ/\母親が云ふのを源吉はきいた。

      六

 長い冬が來た。百姓は今年の不作の埋合せをしなければならなかつた。
 源吉は、村の人達五、六人と、朝里の山奧へ入つて、しな[#「しな」に傍点]の皮はぎに雇はれるために、雪が降つたら出掛けることに決めてゐた。それが二月一杯できり上ると、余市の鰊場へ行くことになつてゐた。そして四月の終り頃村へ歸つてくる。それはどの百姓も大抵さうした。――それで百姓の生活がカチ/\だつた。
 何日も、何日も續いて、しつきりなしに吹雪いた。百姓はその間家から一歩も出ないで過ごした。窓から覗いてみても、たゞ眞白で、何も見えなかつた。時々、家がユキ/\と搖れた。そして、やうやく吹雪が上つた。戸をあけると外につもつてゐる雪が崩れて家の中に入つてきた。
 雪の石狩の平原は、今度こそ、何處を向いたつて、涯しもなく眞白に、廣がつてゐた。百姓家は所々ポツ/\と、屋根だけ見せて、うづまつてゐた。たゞ隨分離れてゐたと思つた隣家がはつきり、聲をかけられる位に近く見えた。空はまだ吹雪のあとを殘してゐる低い、暗い雲に覆はれて、それが地平線のあたりで、眞白な地上と、結び合つてゐた。そつちが今吹雪いてゐるらしく、眞黒になつてゐた。風は時々ピユ/\と音をさして吹いた。その度に、雪が煙のやうに吹き上り、渦を卷きながら、遠くから吹きよせてきた。その渦卷がグル/\一所で渦卷いてゐたり、素晴らしい早さで移つて行つたり、急に方向を變へたりした。家の角の邊に大きな吹き溜りが出來てゐた。
 寒氣がひどくなると、家の中などは夜中に、だまつてゐてもカリ、カリ、カリと、何かものの割れるやうな音がした。年寄つた百姓はテキ面にこたへて、腰がやんだり、肩が痛んだりして、動けなくなつた。
 家の中にとぢこめられて、食ひ物のなくなつた百姓が停車場のある町に、買ひ物にゆく、馬の鈴が聞えた。その、リン/\とした鈴がそのまゝで凍えてゐるやうな空氣に、ひゞき返つて、しばらく、――餘程遠くへ行くまで聞えてゐた。そしてその馬橇が雪の、茫漠とした野原を、曲りくねつて、一散にかけて行くのが見えた。
 雪が降り出してから、十日も經つと、百姓達は、ソロ/\この冬を、どうして過ごしてゆくかといふことを考へ出してきた。百姓達は雪を見ると、急に思ひつきでもしたやうだつた。食物がなくなつても、地主へ收めるものには手をつけることは出來ず、町へ仕入れにゆくにも金がなくなつてきた。百姓が顏を合はせると、ボツリ/\自分達の生活を話して、何んとかしなければと云つた。皆が苦しんでゐた。それで何時の間にか、そのことがずうと廣まつて行つた。
 川向ひの村に用事を足して歸つてきた勝の父親が、源吉に會つたとき、川向ひでも、色々そんな話が出てゐると云つた。石狩川が凍つたので、自由に向ひ側に行けるやうになつた。授業料ををさめることが出來なくなつて、小學校へ行く生徒が急に減つた。金をかけて、一日中遊ばせて置かれるか、と云つた。
 子供などはどこの子供も元氣のないきよとん[#「きよとん」に傍点]とした顏をして、爐邊にぺつたり坐つてゐた。赤子は腹だけが、砂を一杯つめた袋のやうにつツ張つて、ヒイ/\泣いてばかりゐた。何も知らない赤子でさへ、いつも眉のあたりに皺を作つてゐた。頭だけが妙に大きくなつて、首に力なく、身體の置き方で、その方へ首をクラツと落したきり、直せなかつた。冬がくる前に、軒につるしておいた菜葉だけを、白湯のやうな味噌汁にして、三日も、四日も、五日も――朝、晝、晩續け樣に食つた。それに南瓜と馬鈴薯だつた。米は一日に一囘位
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