れて行つて、お前達のものビタ/\片ツぱしから差押へてやるから。」
皆の出てゆく後を丸太棒でゞもなぐりつけるやうに、惡態をついた。五人とも涙を眼に一杯ためて、興奮してゐた。
幹部の百姓と、校長先生とは、すぐこの結果を、村中の百姓に一時も早く知らせて、皆を極度に激昂させ、その滿潮に乘つた勢ひで、やつてのけなければならないことを相談した。――「鐵は赤いうちに」! そして、一方、先生が町へ行つて、賣却の交渉を濟ませて置くことが、勿論必要な緊急事だつた。
「團結だ! 團結だ! 一人も殘らず團結だ!」
百姓の二、三人は、先生の使ふ「團結」といふ聞き覺えた言葉を使つて、叫んだ。
八
その朝、まだ薄暗いうちに、村の百姓は(川向ひの百姓も)馬橇に雜穀類を積んだ。
源吉は寒さのためにかじかんだ[#「かじかんだ」に傍点]手を口にもつて行つて息をふきかけながら、馬小屋から、革具をつけた馬をひき出した。馬はしつぽ[#「しつぽ」に傍点]で身體を輕く打ちながら、革具をならして出てきた。が、外へ出かゝると、寒いのか、何囘も尻込みをした。「ダ、ダ、ダ……」源吉は口輪を引つ張つた。馬は長い顏だけを前に延ばして、身體を後にひいた、そして蹄で敷板をゴト/\いはせた。「ダ、ダ、ダ……」それから舌をまいて、「キユツ、キユツ……」とならした。
源吉は馬を橇につけて、すつかり用意が出來ると、皆が來る迄、家のなかに入つた。母親は、縁《ふち》のたゞれた赤い眼を手の甲でぬぐひながら、臺所で、朝飯のあと片付をしてゐた。由は、爐邊に兩足を立てゝ、開いてゐる戸口から外を見てゐた。
源吉が入つてくると、母親は、
「俺アそつたらことなら、やめたらえゝ[#「えゝ」に傍点]と思ふんだ。」と半分泣聲を出して云つた。
それは、このことが決つてから、毎日のやうに、何かの拍子に母親が云ふことだつた。何邊云つても、母親は又新しいことか何かのやうに、云つた。「地主樣に手向ふなんて、そつたら恐ろしいことしたつて、碌なことねえ。」
年寄つた百姓達は、どんなことがあらうと、全くそれは文字通り「どんな事」があらうとたゞ「仕方がない。」さう何年も、――何十年も思つてきてゐた。
そんな大それた[#「大それた」に傍点]事は、だから、思ひも寄らなかつた。
源吉は然し母親の云ふことには、別に何んとも、たて[#「たて」に傍点]をつくやうな事は云ひもせず、しもしなかつた。ムツシリしてゐた。ことに、源吉は、この事があつてから、ずウと、何時ものムツシリがひどくなつてゐた。母親にはそれが分つた。源吉は、ひどくムツシリし出す、その次には何かキツトいゝことがなかつた。大きなことをやらかす前、源吉は鐵の固まりのやうにだまりこくつてゐた。母親はそんなことが無ければ、とそればかり思つてゐた。だから、何時もの愚痴が母親の口から出た。
「昔、こつたらごと無かつたんだど、本當に、おつかなこと仕出來すんだか。」
源吉は上り端に腰を下すと、やけにゴシ/\頭をかいた。
「なんもよく[#「よく」に傍点]なるわけでなしさ。」
由は、火に足をたてたまゝ、母親と兄とを、見てゐた。何んのことを話し合つてゐるのか分らなかつた。
「きつとえゝ[#「えゝ」に傍点]ことなんて無いんだ。」母親は鼻涕をすゝり上げた。
「それこそ本當にめし[#「めし」に傍点]も喰へねええんた事始まるべよ。」
「あまり先き立たねえ方えゝべ。ん、源。」
母親はまだ、とぎれ、とぎれにくど/\云つた。
源吉は年寄つた母親の後姿を見てゐた。白髮の交つてゐるゴミの一杯くつついてゐるモシヤ/\した髮の下から、皮だけたるんだ、生氣ない首筋が見えた。肩がすつかり前こゞみになつて、腰もまがつてゐた。帶の代りにヒモ[#「ヒモ」に傍点]をしめてゐた。身體全體がまるで握り拳位にしか見えなかつた。源吉は今更、氣付いたやうに、「年寄つたなア!」さう、思つた。
源吉は、今度のことでは、自分から、といふ風な氣乘りはなかつた。反對にこんな煮え切らないことなんて、見てろ、と思つてさへゐた。
一寸すると、遠くで、馬橇の鈴の音が聞えてきた。
「ホラ、兄。」由が表の方に聞耳をたてゝ云つた。
源吉は、どつこいしよ、と云つた風に腰をあげて、表へ出て行つた。
母親はため息[#「ため息」に傍点]をして、ブツ/\何か口の中で云つた。そして、腰をのばして、表の方を見た。「氣ばつけて行くんだで。」源吉の後からさう云つた。
源吉は、一寸、振返つて、母親を見た、が、そのまゝ戸をしめて、出た。
卷舌で、馬の手綱をとるのが聞えた。後から來た仲間と何か話してゐる。走つてきた馬が、いきり立つて、首を高くあげながら、嘶いた。鈴は、後から後からと聞えてきて、十二、三臺もとまつたらしかつた。由は、窓から覗いて、
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