になつて、同じことを、何度も云ふのを飯を食ひながらきいてゐた。それから、眼鏡を袂から出して、袖で玉を一々丁寧にふきながら、「何しに來やがつた。警察さ突き出されたくてか※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」と云つた。
 そして、「陳述書」を五分も十分もかゝつて讀んでしまふと、「馬鹿野郎。一昨日《をとゝひ》來い!」と、どなつて、それを石山の膝に投げかへしてよこした。
「いつの間に、かう百姓生意氣になつたべ。」
 口の中に手をつツこんで、齒の間にはさまつてゐるのを、とつてゐた丸山が、そばから口を入れた。
 さう云はれると、石山は急に、不思議に、太々しい、何時もの元氣がかへつてきた。
「覺えてゐやがれツ!」向き直つて、タンカを切つた。
 丸山は、穩かに、百姓はそんなことをするもんでない、地主は親で、俺達は子供のやうなものだ、何事も堪へしのんで働くことは立派なことだ。歸つたら、皆んなにさう云つた方がいゝ、差配さんには自分からよく頼んで置いてあげるから、と云つた。
「糞でも喰へツ!」石山はそのまゝ表へ出てしまつた。
 一寸行つてから、帽子を忘れてきたことに氣付いた。石山はプン/\しながら、ひよいとその時だけ立ちどまつたが、もどりもせずに、結果を待つてゐる「幹部」のところへ、走つた。
 それで、――それで百姓達が、やうやく、殺氣立つてきた「やうに見えた」。自然、そして幹部から、その氣勢が、だん/\一人々々と、傳つて行つた。誰も何んとも云はなくても、石山の家に、成行きを知るために、百姓がわざ/\出掛けてくるものも出來てきた。無口な百姓も、口少なではあるが、苛立つた調子で、ムツツリ/\ものを云つて行つた。
 源吉達は、もう雪も固まつたので、山へ入る時期だつたけれども、この方が片付くまで行けなかつた。それに今では皆、そんな處でない、と思ふほど、興奮してゐた。石山の家に寄り合つて、色々の話をきいたりしてゐるうちに、殊に若い百姓などは、「地主つて不埓だ!」さういふ理窟の根據が分つてくるのが出てきた。始め「さうかなア」と思つて、フラ/\した氣持のものが、「野郎奴」などと云つてきた。澤山集ることがあると、校長先生は、手振りや、身振りまでして、「佐倉宗五郎」や「磔茂左衞門」などの義民傳を話してきかせた。それが、處が、理窟なしに百姓の頑固な岩ツころのやうな胸のすき間々々から、にじみ入つて行つた。それから、笑談のやうに、「北海道の宗五郎」といふ奴が、何處かから[#「何處かから」に傍点]一人位は出たつて惡くないだらうさ、と云つた。すると、朴訥な百姓は、眞面目に、考へこんだ。
 差配に掛合つても結局駄目だといふことが分り、そこへもつて行つて差配のとつた傲慢な態度のことから、カツ! とした元氣で、すぐ地主に掛け合ふことに、手はず[#「手はず」に傍点]がきめられてしまつた。校長先生の「北海道の宗五郎」が時機を得て、三人も、その大きな役目を引き受けるものが百姓の中から出た程だつた。
 そこで、それに「幹部」のものが二人加はつて、都合五人で「停車場のある町」の地主の家へ出掛けることになつた。それから殘つた幹部が、百姓二、三人とで、村中の百姓家を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて、今迄の成行きを話し、愈※[#二の字点、1−2−22]すつかり手を組み合はせて、皆一緒に――一人も地主へ裏切るものがないやうに、どし/\やることにするといふことを云つて歩くことにした。
 その連中は、お婆さんなどにつかまると、くど/\暮しの苦しいことや、自分達の昔からのことなどを口説かれた。そして、「地主樣」になんか、どうか手荒い事をしないでくれと拜まれたりした。「俺んどこの息子ば、そつたら寄合ひさなんか出さないで、すぐ歸れツて云つてくれ。」と、頭から、どなられたところもあつた。「碌なものにならない。」さういふ處は何んと云つても駄目だつた。それから、皆のする事を危ぶんで、「何んか、別にえゝ[#「えゝ」に傍点]こどでもねえべか。」と云つたり、「失敗《しく》じつたらハ、飯の食ひツぱぢになるべし。」と云はれたりした。
 ところが、その連中のうちの誰かゞ眼をつけてゐる娘の家へ行つて、その娘のゐるところで、いきなり、「碌でなし奴等!」と怒鳴られて、がつかりするものがあつた。又、逆に、そんな娘のゐるところへは、その用事にかこつけて、上り端に腰を下して、別な話を長々して喜んだのもゐた。――そして然し、とにかく、皆ヘト/\になつて、石山の家へ歸つてきた。
 地主の家へ行つた方は、家の中から野良犬でも「たゝき出される」やうに、上り端に腰もかけさせずに、そのまゝ「たゝき出」されて、戻つてきた。
「この野郎共、串だんごみたいに、手前え等ばつきさして、警察に、渡してやるから――今に、食はねえめに會ふな! 役人ばつ
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