い空ッ風が乾いた上ッ皮の雪を吹きまくっていた。
[#改段]
十二
手を握り合って!
情報、一
吸血鬼・地主岸野と戦わんとして、S村岸野農場小作人代表十五名が、はるばる小樽へ出陣してきた。
直ちに、「農民組合連合会」「争議団」「小樽合同労働組合」とで、
「労農争議共同委員会」
を組織し、茲に労働者と農民の固き握手のもとに、此の争議に当ることになった。
農民を過去の封建的農奴的生活より、光ある社会へ解放し得るものは、都市労働階級の力だ。
農民が都市に出陣してきて、「労農争議共同委員会」を強固に組織し、かかる形態で地主と抗争する小作争議は、日本全国に於て、この岸野小作争議をもって最初とする。――農民運動の方向転換期にあるとき、且つ又急速なる資本主義の発展に伴う「地主のブルジョワ化」、従って都市居住地主――不在地主が、その典型たらんとしつつあるとき、この争議こそ重大な意義をもつものと云わなければならない。
情報、二
三日夜六時、小作人十五名出樽。小樽合同労働の約二百名の組合員の出迎えをうけ、直ちに岸野の店舗、工場、ホテル、商業会議所に押しかけ示威運動をする。元気。
(七之助の手紙。――停車場へ二百人近くも押しかけた。阿部さんも伴さんも驚いたらしい。眼に涙をためていた。面白いのは矢張り百姓だ。労働組合の人も云っていたが、こっちが感極まって、ワアッと云っても小作人達はだまっている。嬉しくないのかと思うと、そうでもないらしい。こっちで十しゃべると、それもモドカシクなる程ゆっくり三つ位しゃべる。――さすがに、伴さんのあのガラガラ声も、ウハハハハも出ないで、組合の二階の隅の方にキチンと膝を折って坐っている。――組合員の一人が、農民とは如何なるものか、ときかれたら、――組合の二階の板の間の、それもなるべく隅の方にキチンと膝を折って坐るものであります、と答えればいいと皆を笑わせた。)
情報、三
毎日、赤襷を[#「赤襷を」は底本では「赤欅を」]かけて、岸野の店先きに出掛けるばかりでも、小樽の市民に「岸野の小作人」の顔を知らぬもの無きに到った。
六日、「市民に訴う」という今迄の詳しいイキサツを書いたビラ一万枚を撒布する。
農民は「働くと[#「働くと」に傍点]」年何百円も借金をして行った。――その詳しい「ちらし」が、市民の間に大きな反響を呼んでひろまって行った。
七日、「第一回真相発表演説会」を開く。出演弁士相次いで「中止」、直ちに「検束」を喰らい、警察送り五名に達した。――だが、聴衆は場外にあふれて、所々に乱闘騒ぎを起した。――市民の同情動く。
(七之助。――伴さんは「中止」とか「注意」に慣れていないので、「中止!」と云われてから知らずに二三言しゃべってしまった。それでいきなり壇から引きずり落されてしまった。
組合の竹畑が検束になった。それに対して書記長の太田が抗議をしかけたら、「生意気な、この野郎!」とばかりに、その場で滅茶苦茶になぐられた。――組合に帰ってから、伴さんや阿部さんは何処かしょげ[#「しょげ」に傍点]こんでしまった。無理もないかも知れない。
「な、七ちゃん、こんな工合で一体どうなるんだべ!」――伴さんが云うのだ。
初めての「凄さ」で、おじけついたのだ、と組合の人が云っていた。
「これでまア、然しよくやめもしないものだ。」伴さんには組合の人達の方が分らないらしい。)
小樽からは、一日も早く争議団の「青年部」と「婦人部」を組織するように指令が来た。婦人部は伴と阿部の細君とキヌの妹が先きに立って働き出した。
第一回の「情勢報告[#「報告」は底本では「報吉」]」の演説会を開いた。――健はだんだん面倒な仕事に自信が出来て来た。
「どうして節ちゃんにも仕事をして貰わないの?」
キヌの妹はそんな事を云い出してきた。
情報、四
岸野の邸宅、店舗、其他には番犬が急に殖えた、その番犬は帽子をかぶり、剣をさげている。――こうなればハッキリしたものである。小作人代表の交渉附添いに行った組合の武藤君は、番犬に噛みつかれてすぐ検束された。
交渉に対して、岸野は飽くまで「正式交渉」を拒み、「交渉の代表」を認めない。
次席警部は武藤君に対して、「警察は如何にも君等の言う通り、資本家の走狗だ。その積りで居れ。」とハッキリ云った。
一日二回「共同委員会」を開催して、刻々の情勢に対して、策を練っている。
情報、五
寄附左ノ如シ。
白米五俵 (日本農民組合××部外三)
行カレヌ、労農提携ニ
ヨル勝利ヲ天下ニ示セ (大阪農民組合本部)
岸野搾取魔ヲ徹底的ニ
ヤッツケロ (日農××支部)
五円八十銭 市内運輸労働者四十一名
弐銭切手四十枚 一労働者
鶏卵七個 〃
阿部からの手紙。――応援金を少しでもいいから送ってくれるように運動して貰いたい。そうすれば労働組合や農民組合連合会の人達に対しても面目が立ち、同時に争議団一行の元気を一層引き立てることが出来るから、皆で相談の上至急お願いしたい。
七之助。――阿部さんは、どうして我々百姓の争議に無関係な小樽の労働者達が、(組合員はまずとして)仕事を休んでまでも、そして警察へ引ッ張られて行って、殴られて迄も応援してくれるのか分らない、と涙を光らせながら話した。お互い貧乏な労働者から、毎日のように寄附が集ってくる、それも不思議でならない、と云うのだ。
「矢張り貧乏人だからよ。――地主と資本家とでは変っておれ、お互いに金のある奴から搾られていることでは同じからよ。」
「それアそうださ。んでも……こんなに……」――仲々分らない。
とにかく、俺さえ吃驚する程、労働者が戦ってくれている。めずらしいことだ。――やっぱり労働者と百姓は、底の底では同じ血が通っているんだ。
争議が長びくかも知れないから、と云うので、そっちから馬鈴薯五俵送ってきたのを見て、組合員が泣いたよ。米でなくて薯だって! 食うや食わずで仕事をしている労働組合員でも、薯を飯の代りにはしていない。――百姓ッてものが、どんなに低い生活をしているか、而もそれでいて、どんなに飢えなければならないか!
武藤などは、この「薯」のことだけでも、飽く迄[#「飽く迄」は底本では「飢く迄」]戦い抜かなければならないと云っている。
情報、六
出樽以来二週間に達した。争議団のうちの小作人で、最初日和見のものも随分いたようであったが、日々の交渉、集合による訓練、労農党員の「社会問題講座」の開設等によって、(これは忙しい合間合間に行われたが、その効果では著しいものがあった。)次第に意識的、階級的立場に教育され、ビラ撒き其他の運動に積極的に「動員がきいてきた。」
争議団からは二名、「労農共同委員会」に委員が出ているが、更に「交渉」「訪問」「文書」「会計」の部門にも、これを編入し、組織的に、活動に従事させている。
健は、情報や個人個人から来る詳しい手紙や毎朝の新聞で、争議がどういう風に進んでいるか、大体の見当はついていた。――其処ではどんな恐ろしい事が毎日起っているとしても、(阿部からは、自分達は半分恐ろしさにハラハラしながら、一生懸命労働組合の人達に引きずられてやっている。あれ以来ゲッソリ痩せてしまった。――S村で考えていたようなものでない、と云ってきていた。)然し、健はそういう「訓練」を受けることの出来ない自分を残念に思った。
情報、七
争議勃発以前申立てた「小作調停」に対して、十五日旭川裁判所に、伴外一名の代表が呼び出され、出頭した。
(勝見小作官、判事、調停申立人伴外一名、地主岸野。)
判事――お前達は誠意をもって、おとなしく解決する気か、騒いで解決する気か。
伴――こっちは不誠意でも何んでもありません、地主が不誠意なのです。
判事――小樽あたりで演説会を何故やるか。どこ迄も喧嘩腰でやる気なら、調停を取り下げて貰いたい。
小作官――お前達が喧嘩をして勝つと、小作人全体がきかなくなるから、そんな事をして貰っては実に困るじゃないか――お前等は金がない、味噌がないと云うが何故小樽あたりへ行けるのか。
伴――組合支部の応援で行ってるのだ。
これは一字一句も直していない。それもたった一部の写しでしかない。
これを読んだら「調停裁判」の本質が何んであるか、分る筈だ。
全道各地に「地主協議会」というものを作り、蔭ながら岸野を援助している。彼等も亦結束し出した。――××支庁長は「小作人勝タシムベカラズ。」という厳秘の指令を管轄内の「有力者」に配った。それが組合支部の一小作人の手に入ったのだ。
それならば、よし! 我等は益※[#二の字点、1−2−22]結束を固めなければならない。
情報、八
岸野は会見の度毎に、言を左右にし、代人をもって無責任な面会をさせ、誠意さらに無し。
「小作人が生意気になって働かなくなったら、北海道拓殖のために大損害を与えることになる。――お前等の要求は、俺一個の立場からではなく、この大きな問題からいっても断じて通すことはならん。」と放言した。
「北海道拓殖のため」は大きく出たものだ。その裏表紙には「俺の利益が減るから」と書かれているのだ。
殆んど毎日、市民に訴えるビラを撒布する。市民は明らかに小作人に同情を寄せている。そして今や一つの「社会問題」にまで進展しようとしている。「岸野――小作人の問題」の限界を越えようとしている。
我々は意識的に、精力的に、その方向へ努力しなければならない。
┌─────────────────────────┐
│ 決議 │
│ 今回岸野小作人が遠路出樽、小作料減免を歎願せ │
│ るは、一昨年来の凶作を考えるとき、その要求に何 │
│ 等不当なるものあるを認めるを得ず。速かにその解 │
│ 決のために努力せられん事を促すものである。 │
│ 若し貴殿にして解決の誠意を示さざる時には、貴 │
│ 殿の荷物の「陸揚げ」を絶対に拒否し、貴殿工場の │
│ ストライキ、貴殿発売商品の不買同盟を決行す。 │
│ 右決議す。 │
│ 全小樽陸産業労働者会議 │
│ 岸野殿 │
└─────────────────────────┘
この決議は岸野の出鼻を挫いた。
七之助からの手紙には、「工場」も動き出して来たと書かれていた。
情報、九
二十四日の「官憲糾弾演説会」当夜に於ける、官憲の血迷える醜体! 剣を短く吊った(イザッて云えばすぐだ!)警官を百人も会場の内外に配置する。会場の周囲には、要所要所に縄を張って、交通を遮断し(これでも交通妨害にならないから不思議だ。)来場の聴衆を一々|誰何《すいか》し、身体検査をもって威怖せしめるのだ。
印刷屋にはスパイを派して、ビラの印刷を妨害し、会場会場の先廻りをしては「あんな奴等に貸せば、会場を壊されるぞ」と威圧的に、明かに「営業の目的」を迫害している。
然し、此等の弾圧こそ逆に我々の闘争をより強固に、固く結びつかせるに役立つのだ。
一緒に仕事をしているうちに、健は「ツンツンした」女にひきつけられてきた。
「節ちゃがね、健ちゃは魔がさしてるんだって、悲しそうにしてたよ。」
そう云って、キヌの妹がキャッキャッと笑った。勝気らしく仕事をテキパキと片付けて行った。
[#改段]
十三
「女は女同志」
┌───────────────────────┐
│ 地主様の奥様にお願いして │
│ 幼児を背にして、五人の女房達きのう小樽へ! │
└───────────────────────┘
大きな「見出し」で小樽新聞が書いた。――岸野農場の小作人十余名は、三日来
前へ
次へ
全16ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング