]の先きが、露のようにしめっていた。
「よしよし、可愛《めんこ》い、可愛い。」
由三は薄暗いベトベトする土間に仰向けになったまま、母親を見ると、急に大きな声を出し、身体をゴロゴロさせて泣き出した。
S――村
由三は空の茶碗を箸でたたき乍ら、「兄《あん》ちゃ帰らないな……」と、唇をふくれさせていた。
兄の健は、畠からすぐ市街地の「青年訓練所」に廻ったらしく、夕飯時に家に帰らなかった。――健は今年徴兵検査だった。若し、万一兵隊にとられたら、今のままでも食えないのに大変なことだった。「青年訓練所」に通えば、とにかく兵隊の期間が減る、そう聞いていた。それだけを頼みに、クタクタになった身体を休ませもせずに通っていた。
母親は背中へジカ[#「ジカ」に傍点]に裸の子供を負って、身体をユスリユスリ外へ出てみた。――子供は背中でくびれた手足を動かした。その柔かい膚の感触《さわり》がくすぐったく、可愛かった。
「ええ子だ、ええ子だ。」母親は身体を振った。――一度、こんな風に負ぶっていて、子供をすっぽり、そのまま畑へすべり落してしまったことがあった……。
野面《のづら》は青黒く暮れか
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