。ええなア!」
 街にはどの家にも宿割の紙が貼らさっていた。――市街地に出ると、銃を肩にかけ、胸のボタンを二つ程外して、帽子の下にハンカチをかぶった兵隊が三人、靴底の金具をジャリジャリさせて、ゆるい歩調でやってきた。
「S村って、これですか。」――市街地を指さした。片手に地図を持っていた。
 由三が健より先きに周章《あわ》てて答をひったくった。
「んですよ。」と云った。
 それだけで、それが由三には大した名誉なことに思われた。
 銃声は東の方から起っていた。それで基線道路から殖民区域七号線へ道を折れて入った。少し行くと、処々道に見慣れなく新らしい馬糞が落ちていた。
「あらッ! あらッ! あら、なア!」
 由三が頓狂に叫んだ。田圃《たんぽ》を越して、遠く、騎兵の一隊が七、八騎時々見え、かくれ、行くのが見えた。――もう、由三は夢中だった。河堤に出ると、村の人達が二三十人かたまって、見物していた。由三は健の手を離れて、先きに走り出してしまった。見ていると、人の腋の下を潜り、グングン押しわけて一番前へ出てしまった。
 百人近くの兵隊が銃を組んで休んでいた。ムレた革と汗の匂いが、皆の立っている処
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