し今ではもう行く気がしていなかった。――云うことだけは立派だ。「難事に耐える!」だが、何んの難事に耐えるのか。「裏」を見ろ! いくら食えなくても、小作人はジッとしていなければならない、ということの演習ではないか!
 朝から、遠くで銃声がしていた。飛行機が高く晴れ上った空に、爆音をたてて飛んだ。向きの工合で、翼が銀色にギラギラッと光った。小作人達は所々に立ち止って、まぶしそうに額に手をかざして、空を見上げていた。――子供は夢中だった。
 健は由三にせがまれて、外へ出た。ジリ、ジリと暑かった。だまっていても、腋《わき》の下が気持悪くニヤニヤと汗ばんだ。由三は今ようやく出来かけている口笛を吹きながら、手にぶら下ったり、身体にからまって来たり、一人で燥いでいる。
 市街地に入ると、郵便局の前に毛並のそろった軍隊の馬が、つながっていた。小さい鞄を腰にさげた兵士が頼信紙に何か書いていた。
「ええ馬だな。――俺アの馬ど比らべてみれでア!」
 由三は馬の側を離れないで、前へ廻ったり、後へ廻ったり、蹲んで覗き込んだ。
「兄ちゃ、来年《らいしん》[#ルビの「らいしん」はママ]兵隊さ行けば、馬さ乗るんだべか
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