「あれじゃ足も手も――身体も大変ね!」
「えええ、その何んでもないんで御座います。」――追従笑いをした。
「あたし学校の参考に稲を二、三本戴いて行きたいんですけれど……」
 女房達が争って稲を取りにかかった。――吉本管理人は、これアうまい、と思った。
「矢張り何んてたって、大したもんだ。」
 女房達は小腰をかがめながら、稲を差出した。令嬢は、「有難う。」と云いながら、フト差出された女達の手を見た。手? だが、それは手だろうか!――令嬢は「ま!」と云って、思わず手の甲で口を抑えた。
 一通り田畑を見てしまうと、「いとも」満足の態《てい》で、一行は管理人の家へ引き上げた。

     「伴さん」

 晩には小作人全部に「一杯」が出るので、皆はホクホクし乍ら二三人ずつ、二三人ずつ帰って行った。
「なア、えッ阿部君! 汗が出たアど。」
 伴がガラガラ声で、百姓らしくなくブッキラ棒に云った。
 阿部は何時ものように黙って笑った。健はこわばった顔で、少し後れてついて行った。それに伴や阿部付の人達が四五人一緒だった。――後から来る人達は、地主や奥様達のことを声高に噂し合っていた。
「あいつ[#「あ
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