様は広々とした田を見渡すと、軽く息を吸い込んだ。
小作の女房や娘達は、ただ奥様と令嬢だけに見とれていた。後にゾロゾロついて行きながら、着ているもの[#「もの」に傍点]が何かお互いに云い合った。が、北海道の奥地にいる小作の女達には、見たことも、触ったこともないものだった。柄のことでも同じだった。古くさい、ボロボロな婦人雑誌の写真でだけしか、そういう人のことは知っていなかった。――然し、何より「自分達の奥様」がこんなに立派な人だということが、皆の肩幅を広くさせた。
「馬鹿、お前からして見とれる奴があるか!」
伴が自分の女房の後を突いた。
岸野は畔道にしゃがんで、
「どうだい、今年は?」と、稲の穂をいじりながら、吉本管理人にきいた。――昔の地主などとちがって、岸野は田畑の事には縁が遠く、ただ年幾らの小作料が手に入るしか知っていなかった。
「ええまア並です。二番草の頃は、とてもよかったんですが、今月の始め頃にかけて虫が出ましてね。殊に去年は全部駄目と来ているから、今年はどんなに良くても小作はつらいんです。――余程疲弊してるんで……。」
「ん……で、どうだい様子[#「様子」に傍点]は……?
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