はかえって、それで自分を嘲《あざけ》った。――「模範青年、模範青年!」
 節は不意に顔を上げた。
 焚火が消えると、四囲が暗く、静かになった。時々川の面で、ポチャッ――ポチャッ、と水音が立った。魚が飛び上るらしかった。
「今に分るさ……。遅くなった、帰るか、ん?」
 健は腰をあげて、前をほろった。しめッぽい草の匂いが、鼻に来た。節はしばらくじッとしたままでいた。――「ん?」と、もう一度うながすと、ようやく腰を起した。
「帰るウ?」
 健は雑草を分けて、歩き出した。
 向うを、「ここはみ国の何百里……」の歌を口笛で吹きながら、誰か歩いて行った。
「口笛、武田でねえかな。――曲るど。見つけられたら、良《よ》え模範青年だからな。」そして大きな声で笑った。
「もう、模範青年、模範青年ッてのやめてよ。」節は悲しい声を出した。
 ――節は悲しかった。健と会うときは、何時でも何かの期待でウキウキする。然し自分でもハッキリ分らなかったが、何んだか物足りない気持を残して、何時でも別れていた。健の何処かに冷たさがあると思った。それが悲しかった。
 村に入る角の「藪」を曲がると、その向い側の暗いところから、
前へ 次へ
全151ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング