いた。
「………………。」
 健は塩鱒の切はしを、せッかちにジュウ、ジュウ焼いて、真黒い麦飯にお湯をかけて、ザブザブかッこんだ。
 風が出てきたらしく、ランプが軽く揺れた。後の泥壁に大きくうつッている皆の影が、その度に、あやつられるように延びたり、ちぢんだりした。
 由三は焚火に両足をたてて、うつらうつらしていた。
「母《はば》、いたこ[#「いたこ」に傍点]ッて何んだ?――山利《やまり》さいたこ来てな、今日お父《ど》ばおろし[#「おろし」に傍点]て貰ったけな、お父|今《えま》死んで、火の苦しみば苦しんでるんだとよ。」
「本当か?」
「いたこ[#「いたこ」に傍点]ッて婆だべ。いたこ婆ッてんだべ。――いたこ婆さ上げるんだッて、山利で油揚ばこしらえてたど。」
「お稲荷様だべ。」
「お稲荷様ッて狐だべ。んだべ!」――由三が急に大きな声を出した。
「ん。」
「んだべ、なア!」――独り合点して、「勝ところの芳《よし》な、犬ばつれて山利さ遊びに行《え》ったら、とオても怒られたど。」
「そうよ。――勿体ない!」
「山利の母な、お父ば可哀相だって、眼ば真赤にして泣いてたど。」
「んだべ、んだべ、可哀相に
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