眼のあき所がない。由三は手さぐりで、戸棚の上からランプの台を下した。
「母《はば》、油無えど。」
「?」――母親はひょいと立ち上った。「無え?……んだら、※[#「┐<△」、屋号を示す記号、249−上−7]さ行って来い。」
「ぜんこ[#「ぜんこ」に傍点]?」
「ぜんこ[#「ぜんこ」に傍点]なんて無え。借れて来い!」
 由三はランプの台を持ったまま、母親の後でウロ[#「ウロ」に傍点]ウロしていた。
「行《え》げッたら行げ! この糞たれ。」
「ぜんこよオ!」――背を戸棚にこすりつけた。「もう貸さね――エわ。」
「貸したって、貸さねたって、ぜんこ[#「ぜんこ」に傍点]無えんだ。」
「駄目、だめーえ、駄目!……」
「行げったら行げッ!」
 由三は殴られると思って、後ずさりすると、何時もの癖になっている頭に手をやった。周章《あわ》てて裏口へ下駄を片方はき外したまま飛び出した。――「えッ、糞婆!」
 戸口に立ったまま、由三はしばらく内の気配をうかがっていたが、こっそり土間に這い込んで、片方の下駄を取出した。しめっぽい土の匂いが鼻へジカ[#「ジカ」に傍点]にプーンと来た。
 雨に濡れている両側の草が気
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