ぴしゃ[#「がたぴしゃ」に傍点]に取付けてある窓からも、煙が燻り出ていた。出た煙はじゅく[#「じゅく」に傍点]じゅくした雨もよいに、真直ぐ空にものぼれず、ゆっくり横ひろがりになびいて、野面をすれずれに広がって行った。
 由三は毎日のホヤ磨きが嫌で、嫌でたまらなかった。「えッ、糞婆、こッたらもの破《わ》ってしまえ!」――思い出したように、しゃっくり上げる。背で、泥壁がボロボロこぼれ落ちた。何処かで牛のなく幅の広い声がした。と、すぐ近くで、今度はそれに答えるように別の牛が啼いた。――霧のように細かい、冷たい雨が降っていた。
「由ッ! そったらどこ[#「どこ」に傍点]で、何時《えつ》迄何してるだ!」――家の中で、母親が怒鳴っている。
「今《えま》、えぐよオ。」
 母親はベトベトした土間の竈《かまど》に蹲《しゃが》んで、顔をくッつけて、火を吹いていた。眼に煙が入る度に前掛でこすった。毎日の雨で、木がしめッぽくなっていた。――時々竈の火で、顔の半分だけがメラメラ[#「メラメラ」に傍点]と光って、消えた。
「早ぐ、ランプばつけれ。」
 家の中は、それが竈の中ででもあるように、モヤモヤけぶっていた。
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