壊れて行った。仕方のなくなった父親は「岸野農場」の小作に入ったのだった。
「日雇にならねえだけ、まだええべ。」

     村に地主はいない

 何処の村でも、例外なく、つぶれかかっている小作の掘立小屋のなかに「鶴」のようにすっきり、地主の白壁だけが際立っているものだ。そしてそこでは貧乏人と金持が、ハッキリ二つに分れている。然し、それはもう「昔」のことである。
 北海道の農村には、地主は居なかった。――不在だった。文化の余沢が全然なく、肥料や馬糞の臭気がし、腰が曲って薄汚い百姓ばかりいる、そんな処に、ワザワザ居る必要がなかった。そんな気のきかない、昔型の地主は一人もいなかった。――その代り、地主は「農場管理人[#「農場管理人」に傍点]」をその村に置いた。だから、彼は東京や、小樽、札幌にいて、ただ「上《あが》り」の計算だけしていれば、それでよかった。――S村もそんな村だった。
 岸野農場の入口に、たった一軒の板屋の、トタンを張った家が吉本管理人の家だった。吉本は首からかぶるジャケツに背広をひっかけ、何時でも乗馬ズボンをはいて歩いていた。
「この村では、俺《わし》を地主だと思ってもらわにゃ
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