な鉄砲が三挺組合せて飾ってある。――乃木大将の話は百姓は何度きいても飽きなかった。
演壇には「S相互扶助会」発会式の順序と、その両側に少し離して、この会が主旨とする所の標語が貼り出されていた。
┌───────────┐
│ 海田山林の開発より │
│ 心田を開拓せよ! │
└───────────┘
┌───────────┐
│ 強靱なる独立心と │
│ 服従の美徳と │
│ 協同の精神へ! │
└───────────┘
会が終ってから、「一杯」出るという先触れがあったので、何時になく沢山の百姓が集っていた。「停車場のあるH町」からも来ていた。大概の小作は、市街地の旦那やH町の旦那から「一年」「二年」の借金があるので、一々挨拶して歩かなければならなかった。
小作が挨拶に行くと、米穀問屋の主人は大様にうなずいた。
「今年はどうだ?」
「ええ、まア、今のところは、ええ、お蔭様で……」
小作は腰をかがめて、一言一言に頭を下げた。――それが阿部や健たちの居る処から一々見える。健も借金があった。こんな時に、一寸挨拶して置けば、都合がよかった。それに若し今年兵隊にとられるような事になれば、病身の父や女の手ばかりの後のことでは、キット世話にならなければならない。――健はフトその側を通りかかった、という風にして挨拶した。――挨拶をしてから、然し自分で真赤になった。健は「模範小作」だったので、※[#「┐<△」、屋号を示す記号、263−下−3]の旦那も心よく挨拶を返してくれた。
会場の中は、自然に、各農場別に一かたまり、一かたまり坐らさった。お互が車座になって、話し込んでいる。――小作達は仲々こう一緒になれる機会がなかった。無骨な、日焼けした手や首筋が、たまにしか着ない他所行きの着物と不釣合に、目立った。裂け目の入った、ゴワゴワした掌に、吸殻をころがしながら、嫁のこと、稲の出揃いのこと、青豌豆のこと、小豆のこと、天気のこと、暮しのこと、旦那のこと……何んでも話し合った。
――こういう会の時は巻煙草を吸うものだとしている小作が、持ちなれない手つきで、「バット」を吸っていた。
夜遊びに、H町へ自転車で出掛けたり、始終村の娘達と噂を立てている若いものは、その仲間だけ隅の方に陣取って、人を馬鹿にしたような大声を出して、しきりなしに笑っていた。女の話[#「女の話」に傍点]をしていた。伊達に眼鏡をかけたり、黒絹のハンカチを巻いたりしている。然し青年団の仕事や「お祭り」の仕度などでは、娘達とフザ[#「フザ」に傍点]けられるので、それ等は先きに立って、よく働いた。
子供達は「鬼」をやって、走り廻っていた。大人達を飛び越え、いきなりのめり込んだり――坐っている大人を、まるで叢のように押しわけて、夢中で騒いでいた。時々、大声で怒鳴られる。が、すぐ又キャッキャッと駈け出す。……煙草の煙がコメて、天井の中央に雲のように、層をひいていた。
「阿部さん」
「小樽さ行《え》ぐごとに決ったど。」
阿部と一緒に七之助がいて、健を見ると云った。
「工場さ入るんだ。――伯母小樽にいるしな。……んでもな、健ちゃ、俺あれだど、百姓|嫌《えや》になったとか、ひと出世したいとか、そんな積りでねえんだからな。――阿部さんどよく話したんだども、少しな考えるどこもあるんだ……」
「ん……」――健は分っていた。
「村ば出れば、案外、村が分るもんだからな。」
阿部が何時もの低い、ゆるい調子で云った。――農場で何かあると、それが子供を産んだとか、死んだとか、ということから、小作調停、小作料の交渉まで、キット皆「阿部さん」を頼んだ。足を使ってもらった。――四十を一つ、二つ越していた。荒々しい動作も、大きな声も出さない、もどかしい程温しい人だった。
何時でも唇を動かさないで、もの[#「もの」に傍点]を云った。
「阿部さんは隅ッこにいれば、一日中いたッて誰も気付かねべし、阿部さんも黙って坐ってるべ。」
――七之助がよく笑った。
村では、四人も五人も家族を抱えて働いている四、五十位の小作人の方が、遊びたい盛りのフラフラな若い者達より、生活《くらし》のことではずッと、ずッと強い気持をもっている。――小作争議の時など、農民組合で働いている若い人は別として、何処でも一番先きに立って働くのは、その年の多い小作だった。――阿部はその一人だった。
阿部は旭川の農民組合の人達が持ってくる「組合ニュース」や「無産者新聞」を、田から上った足も洗わないで、床を低く切り下げて据付けてあるストーヴに、いざり寄って読んだ。丹念に、一枚の新聞を何日もかかって、一字一字豆粒でも拾うように読んでいた。壊れた、糸でつないだ眼鏡を、その時だけかけた
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