費道路」に傍点]だんだ。馬鹿にする。又秋、米ば運ぶに大した費用《いり》だ……。」
「兄ちゃ、犬の方強えでアな!」
「んで、どうするッて?」
「暇ば見て、小作人みんな出て直すより仕方が無えべど。――村に金無えんだから。」
「犬だなア、兄ちゃ……。」
「うるさいッ!」いきなり怒鳴りつけた。――「又小作いじめだ! 弱味につけ込んでやがるんだ。放ってけば、どうしたって困るのア小作だ。んだら、キット自分の費用でやり出すだろうッて、待ってやがったんだ。――村会議員なんて、皆地主ばかりだ。勝手なことばかりするんだ。」
 S村で、以前、村役場に対して小作争議を起したことがあった。北海道は町村が沢山の田畑を所有していて、それに小作を入地させていた。それで、よく村相手の争議[#「村相手の争議」に傍点]が起った。――然しS村の村会議員が全部地主であったために、後のこともあり、又やがては自分達の方への飛火をも恐れて、頑強に対峙してきたために、惨めに破れたことがあった。
「明日吉本さんの処さでも集って、相談すべアって。」
 おはぐろ[#「おはぐろ」に傍点]の塗りのはげた母親の、並びの悪い歯の間に、飯が白く残っていた。
「………………。」
 健は塩鱒の切はしを、せッかちにジュウ、ジュウ焼いて、真黒い麦飯にお湯をかけて、ザブザブかッこんだ。
 風が出てきたらしく、ランプが軽く揺れた。後の泥壁に大きくうつッている皆の影が、その度に、あやつられるように延びたり、ちぢんだりした。
 由三は焚火に両足をたてて、うつらうつらしていた。
「母《はば》、いたこ[#「いたこ」に傍点]ッて何んだ?――山利《やまり》さいたこ来てな、今日お父《ど》ばおろし[#「おろし」に傍点]て貰ったけな、お父|今《えま》死んで、火の苦しみば苦しんでるんだとよ。」
「本当か?」
「いたこ[#「いたこ」に傍点]ッて婆だべ。いたこ婆ッてんだべ。――いたこ婆さ上げるんだッて、山利で油揚ばこしらえてたど。」
「お稲荷様だべ。」
「お稲荷様ッて狐だべ。んだべ!」――由三が急に大きな声を出した。
「ん。」
「んだべ、なア!」――独り合点して、「勝ところの芳《よし》な、犬ばつれて山利さ遊びに行《え》ったら、とオても怒られたど。」
「そうよ。――勿体ない!」
「山利の母な、お父ば可哀相だって、眼ば真赤にして泣いてたど。」
「んだべ、んだべ、可哀相に!」
「な、兄ちゃ、狐……」――瞬間、炉の火がパチパチッと勢いよくハネ飛んだ。それが由三の小さいひょうたん[#「ひょうたん」に傍点]形のチンポ[#「チンポ」に傍点]へ飛んだ。
「熱ッ、熱ッ、熱ッ※[#感嘆符二つ、1−8−75]……」
 由三はいきなり絵本を投げ飛ばすと、後へひっくりかえって、着物の前をバタバタとほろった。泣き声を出した。「熱ッ、熱ッ※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
「ホラ、見れ! そったらもの向けてるから、火の神様に罰が当ったんだ。馬鹿!」
 姉のお恵が、物差しで自分の背中をかきながら、――「その端《さき》なくなってしまえば、ええんだ。」と、ひやかした。
「ええッ、糞ッ! 姉の白首《ごけ》!」
 ベソ[#「ベソ」に傍点]をかきながら、由三が喰ってかかった。聞いたことのない悪態口に、皆思わず由三をみた。
 母親がいきなり、由三の小さい固い頭を、平手でバチバチなぐりつけた。
「兄ちゃ、由この頃どこから覚べえて来るか、こったら事ばかり云うんだど!」
 お恵は背中に物差しをさしたままの恰好で、フイ[#「フイ」に傍点]に顔色をかえた。それが見る見るこわばって行った。
 と、お恵は、いきなり、由三を物差しで殴りつけた。ギリギリと歯をかみながら、ものも云わずに。物差しがその度に、風を切って、鳴った。――そして、それから自分で、ワアッ! と泣き出してしまった……
 明日は三時半頃から田へ出て、他の人より遅れている一番草を刈り上げてしまわなければならない。――健は、然し、眠れなかった。表を誰かペチャペチャと足音をさして、通って行った。健は起き上った。ランプの消えた暗い土間を、足先きで探りながら、台所へ下りて行った。水甕から、手しゃくで、ゴクリゴクリのどをならしながら、水を飲んだ。厩小屋から、尻毛でピシリピシリ馬が身体を打っている音が聞えた。
 夜着をかぶると、間もなく、ねじ[#「ねじ」に傍点]のゆるんだ、狂った柱時計が、間を置きながら、ゆっくり七つ打った。
[#改段]

    二


     「S相互扶助会」発会式

 正面の一段と高いところには「天皇陛下」の写真がかかっていた。
「修養倶楽部」の壁には、その外「乃木大将」「西郷大先生」「日露戦争」「血染の、ボロボロになった連隊旗」などの写真が、額になってかかっていた。演壇の左側には、払下げをうけた、古ぼけた旧式
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