阿部からは、自分達は半分恐ろしさにハラハラしながら、一生懸命労働組合の人達に引きずられてやっている。あれ以来ゲッソリ痩せてしまった。――S村で考えていたようなものでない、と云ってきていた。)然し、健はそういう「訓練」を受けることの出来ない自分を残念に思った。

 情報、七
 争議勃発以前申立てた「小作調停」に対して、十五日旭川裁判所に、伴外一名の代表が呼び出され、出頭した。
(勝見小作官、判事、調停申立人伴外一名、地主岸野。)
 判事――お前達は誠意をもって、おとなしく解決する気か、騒いで解決する気か。
 伴――こっちは不誠意でも何んでもありません、地主が不誠意なのです。
 判事――小樽あたりで演説会を何故やるか。どこ迄も喧嘩腰でやる気なら、調停を取り下げて貰いたい。
 小作官――お前達が喧嘩をして勝つと、小作人全体がきかなくなるから、そんな事をして貰っては実に困るじゃないか――お前等は金がない、味噌がないと云うが何故小樽あたりへ行けるのか。
 伴――組合支部の応援で行ってるのだ。

 これは一字一句も直していない。それもたった一部の写しでしかない。
 これを読んだら「調停裁判」の本質が何んであるか、分る筈だ。
 全道各地に「地主協議会」というものを作り、蔭ながら岸野を援助している。彼等も亦結束し出した。――××支庁長は「小作人勝タシムベカラズ。」という厳秘の指令を管轄内の「有力者」に配った。それが組合支部の一小作人の手に入ったのだ。
 それならば、よし! 我等は益※[#二の字点、1−2−22]結束を固めなければならない。

 情報、八
 岸野は会見の度毎に、言を左右にし、代人をもって無責任な面会をさせ、誠意さらに無し。
「小作人が生意気になって働かなくなったら、北海道拓殖のために大損害を与えることになる。――お前等の要求は、俺一個の立場からではなく、この大きな問題からいっても断じて通すことはならん。」と放言した。
「北海道拓殖のため」は大きく出たものだ。その裏表紙には「俺の利益が減るから」と書かれているのだ。
 殆んど毎日、市民に訴えるビラを撒布する。市民は明らかに小作人に同情を寄せている。そして今や一つの「社会問題」にまで進展しようとしている。「岸野――小作人の問題」の限界を越えようとしている。
 我々は意識的に、精力的に、その方向へ努力しなければならない。
 ┌─────────────────────────┐
 │      決議                 │
 │  今回岸野小作人が遠路出樽、小作料減免を歎願せ │
 │ るは、一昨年来の凶作を考えるとき、その要求に何 │
 │ 等不当なるものあるを認めるを得ず。速かにその解 │
 │ 決のために努力せられん事を促すものである。   │
 │  若し貴殿にして解決の誠意を示さざる時には、貴 │
 │ 殿の荷物の「陸揚げ」を絶対に拒否し、貴殿工場の │
 │ ストライキ、貴殿発売商品の不買同盟を決行す。  │
 │  右決議す。                  │
 │          全小樽陸産業労働者会議    │
 │    岸野殿                  │
 └─────────────────────────┘
 この決議は岸野の出鼻を挫いた。
 七之助からの手紙には、「工場」も動き出して来たと書かれていた。

 情報、九
 二十四日の「官憲糾弾演説会」当夜に於ける、官憲の血迷える醜体! 剣を短く吊った(イザッて云えばすぐだ!)警官を百人も会場の内外に配置する。会場の周囲には、要所要所に縄を張って、交通を遮断し(これでも交通妨害にならないから不思議だ。)来場の聴衆を一々|誰何《すいか》し、身体検査をもって威怖せしめるのだ。
 印刷屋にはスパイを派して、ビラの印刷を妨害し、会場会場の先廻りをしては「あんな奴等に貸せば、会場を壊されるぞ」と威圧的に、明かに「営業の目的」を迫害している。
 然し、此等の弾圧こそ逆に我々の闘争をより強固に、固く結びつかせるに役立つのだ。
 一緒に仕事をしているうちに、健は「ツンツンした」女にひきつけられてきた。
「節ちゃがね、健ちゃは魔がさしてるんだって、悲しそうにしてたよ。」
 そう云って、キヌの妹がキャッキャッと笑った。勝気らしく仕事をテキパキと片付けて行った。
[#改段]

    十三


     「女は女同志」

 ┌───────────────────────┐
 │   地主様の奥様にお願いして        │
 │ 幼児を背にして、五人の女房達きのう小樽へ! │
 └───────────────────────┘
 大きな「見出し」で小樽新聞が書いた。――岸野農場の小作人十余名は、三日来
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