かって、裏で雌鶏を一羽つぶした。※[#「┐<△」、屋号を示す記号、289−下−20]からは、「兵隊さんに出すのだから」と云って、ようやく酒を一升借りて来た。
酔ってくると、兵隊は色々「兵営」の面白いことを話してきかせた。由三は「眠くねえわ、眠くねえわ。」と眼をこすりながら、何時迄も起きていた。
「坊、大きくなったら兵隊になるか。――ハハハハハハ。」
「僕も百姓ですよ。」と一人が云った。「僕の従弟が内地の連隊にいたとき、自分の村で小作争議が起り、それがドエライことになってしまった事があるんです。半鐘は鳴り、ドラはなり、何千人ッていう小作人が全部まア……暴動ッて云うかね、それを起したんですね。どうにもならなくなり、地主連が役所に頼み、役所が連隊に頼み、軍隊出動という処までトウトウ行ってしまったわけです。――が、何んしろその兵隊さんの親、兄弟、親類が村にいるときているし、それに自分等も村にいたとき、毎日毎日地主に苦しめられてきている。――どうにも出来ない。とても苦しかったそうですよ……。」
「ハアねえ――。」母親はワケも分らずうなずいた。
「あんまり御馳走してくれるんで、思い出したんだけれども、――御馳走するどころか、そんな風で案外これア敵かたきでないかと思ってネ。」
と云って、大声で笑った。――「この辺はどうです。僕の村あたりだと、毎年のように小作争議が起りますよ。何処だって村は困っているし、又困って行く一方ですからね。――ネ、何時か僕等が附剣して、この村へワアッて、やって来ることでもあるんじゃないかと思ってネ……。」
「まさか!」思わず皆で笑い出した。
後で、フトこの話を健が阿部にした。
「それア本当だよ。」と阿部が考え深そうに云った。「あんまり内地で、所々に農民騒動が起るんで、今度の演習だってその下稽古かも知れないど……。」
次の昼頃、ラッパの音が聞えると、皆村道に出て行った。
お恵は髪を綺麗に結い直して、由三を連れて出た。畦道を縄飛びをする時のように、小刻みに跳躍しながら走った。
村を出て行くラッパの音は、皆を妙に興奮させた。それを聞いていると、何か胸が一杯になった。足並の揃ったザック、ザックという音と一緒に埃が立った。二日でも自分の家に泊った兵隊が通ると、手を振っている。
「あらあら、俺れアの兵隊さん!」
眼ざとい由三が見つけると、姉の手を引張っ
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